身土不二と健康問題

(この記事はどらねこ日誌2009年3月18日掲載分に加筆・修正したものです)

身土不二の原則を守れば本当に健康で病気知らずの生活を送れるのでしょうか?栄養学的視点を中心に考えてみたいと思います。生まれた土地で生産された穀物、野菜さえ食べていれば健康を維持できるのでしょうか?


身土不二と風土病

ある地域に限局して流行を繰り返す病気のことを風土病と呼んでおります。この風土病には食べ物が原因で発生していたものも知られております。

【ミネラルと身土不二
ヨウ素欠乏:ヨーロッパの山岳地帯では昔から甲状腺腫が風土病としてしられており、この甲状腺腫の原因はヨウ素欠乏である事が明らかになりました。これらの山岳地帯では土壌のヨウ素含量が少なく、その土地で採れた食べ物だけでは十分なヨウ素を摂取できない事が発症の主な原因です。低ヨウ素土壌の地域住民においても海藻やヨウ素添加された食塩を提供することで欠乏症を予防することができています。

セレン欠乏:セレンはグルタチオンペルオキシダーゼを構成する微量元素であり、抗酸化作用ブーム(?)とともに、有名になった微量元素です。克山(ケシャン)病は、中国東北部の風土病で、これは主にセレン欠乏が発症の引き金になると考えられ、低セレン土壌地域で発生していたこの病気は亜セレン酸の投与により予防できる事が確認されています。

水とミネラル:日本においても風土病ではないかと考えられる、ALS類似症が確認されています。和歌山県の古座側上流地域において、ALS(筋萎縮性側索硬化症)という難病の有病率が全国平均に比べてとても高いことが疫学調査の結果判明しました。その後の調査において、古座川水系では水に含まれるカルシウム及びマグネシウム濃度がとても低いことが明らかになりました。仮説に基づき、飲料水中にカルシウムとマグネシウムを添加した事などにより発症数が減少、ミネラルバランスが原因だったのではないかという考察がされています。この地域では、戦前は交通手段に大きな制限があり、ほとんど自給自足的な生活であったと報告されています。

【ビタミンと身土不二
ビタミンが関係する事例では、ナイアシン欠乏症であるペラグラはトウモロコシを主食とする地域の風土病であり、東北で発生したシビ・ガッチャキ症もビタミンB2欠乏が原因と考えられています。これらは過去のお話しばかりではありません。

食品安全情報blog 「ビタミンB12濃度の低さは神経管欠損リスクを増加させるかもしれない」より

Pediatrics の3月号に発表されたNIHの研究者らの解析によれば、受胎前後の血中ビタミンB12濃度が低い女性の子どもは神経管欠損リスクが増加する可能性がある。血中ビタミンB12濃度が最高群の女性に比べて最低群の女性は神経管欠損の子どもを産むリスクが5倍だった。
ビタミンB12濃度が低いのは腸での吸収不全疾患のある女性と肉や動物製品を食べない女性である。



元論文より

Low levels of vitamin B12 may increase risk for neural tube defects
Women who consume little or no meat or animal based foods are the most likely group of women to have low B12 levels, along with women who have intestinal disorders that prevent them from absorbing sufficient amounts of B12.

これは身土不二の原則に基づく正食(マクロビオティック)を実践している人にも当てはまるお話です。完全な菜食主義者に比べてマクロビオティックでは小魚等の摂取も認めているため一見リスクは低そうに見えます。しかし、妊娠期に推奨される食べ方*1を見る限りでは妊産婦では不足される事が予想される摂取量であることと、マクロビオティックを厳格に実行されている方は彼らの言うところの化学薬品にあたるビタミン剤などは飲まない事を加味すると、同様のリスクがあると考えられます。

このリスクは毎食、肉や魚などの動物性食品を適度に食べるだけで回避することができる問題です。


身土不二と環境の変化
最近の急激な開発による都市化などの顕著な環境変化ではありませんが、人間が手を加えなくても自然環境は変化し続けるものです。肥沃な大地も、いつかはミネラルが洗い流された貧しい土壌になるかもしれません。狩猟採集生活では気候の変化に食生活は大きく左右されます。
人間は農業という自然環境に手を加える事を身につけ、安定した食料を獲得することができるようになり、文明を発展させて現在の繁栄を手にしました。彼らのいうところの伝統食も厳しい自然環境を生き抜く知恵から生まれたものと考えることができます。そして、自然環境はその後も変化し続けておりますし、人口は増加の一途をたどっています。こうした環境変化に対して頑なに伝統食を守り続けるだけで対応できるのでしょうか。
農業を開発し、伝統食を作り上げた先人知恵は、現代では農薬使用による安定した収穫量の確保や遺伝子組み換え技術、食品添加物そして栄養学に置き換えて考えることができるのです。伝統食も最新技術も生活をより豊にするために生み出された人間の知恵であると考える事ができるでしょう。
伝統食に拘り続ける人々は本当に伝統食の精神を理解しているのでしょうか?どらねこはそんな事を思ってしまいます。


■植物は人に栄養を与えるために存在しているわけではない

身土不二の原則を忠実に守るマクロビ実践者の方の中には「植物は人間に食べられる為に存在している」と考えているフシが見られます。

桜沢如一に学ぶマクロビオティック教室*2より引用

大いなる宇宙の真理から見れば、人間に必要な食べ物は最初から全部必要な時に必要な物が与えられているのです。


自然の穀物や野菜の中に人間に必要なものはすべて与えられています。穀物もしっかり噛んで食べれば丈夫で健康な体になり、物事を深く考え人生の意味を悟れる豊かな人間になれるのです。

こうした考えにより、食べ物は丸ごとぜんぶを食べましょうと教えているのですね。しかし、この考えはちょっと考えれば正しくないことが理解できます。

では、じゃが芋を例に考えてみましょう。春の新じゃがは旬の食べ物と考えられますね。新じゃがは成長した芋に比べると一般にソラニン含量が高いことが知られております。身土不二の原則に従い、旬のじゃが芋を丸ごと皮まで頂いたとしましょう。子供であれば中毒を起こすに十分量のソラニンが含まれていても不思議はありません。
次に山菜を例にしてみます。ワラビやタケノコなど、人が利用する野生の植物にはそのままでは食用に適さないものが多く存在していおります。その為、通常は特別な処理を行い食用に適するようにしています。それに比べ、農作物にはそのような処理が必要のないものが多いのは自分たちが利用しやすいよう、品種改良を行った結果であるからです。主要作物でも豆類には生で食べると中毒を起こす成分が含まれております。これらは植物が人間に食べられる為に生きているわけでは無い証拠であるともいえるでしょう。植物は外敵に対して毒物など様々な手段を用い、自分の身を守っているのです。
自然の穀物や植物に対し、一物全体を厳格に守れば毒物を食べる事になってしまうのです。


■おわりに
身土不二の原則の中には見るべき主張もあることは事実です。例えば、旬の野菜は味が良かったり、ビタミン類が豊富である事も多いでしょう。また、精製された食品ばかりの食事が続けば食後の高血糖や噛む力の低下、食物繊維不足などのトラブルに陥る事も考えられます。
しかし、何が何でも身土不二や一物全体を守れば良いというものでもありません。それどころか、教えを忠実に守ると今回のエントリーで述べたような健康を害する危険さえある事を忘れてはなりません。
どらねこは、食べる事って本当に楽しくて美味しくて素晴らしいことだと思うんです。今まで味わったことのない新しい味を体験するときの喜びは格別のものです。昔の日本では滅多に食すことの出来なかった世界中の食材を気軽に手に入れることのできるこの幸運をどらねこは大変感謝しております。これは食育にとっても重要な要素の一つであると思います。環境の全く異なる地で産した食物を食べることを良しとしないこの身土不二の考え方は食育と相容れないものだと思うのです。

こうした理由からどらねこは、科学的根拠のない宗教的な考え方である身土不二という言葉を食育の現場で使ってもらいたくないと思うのです。






参考文献および資料
Marine D:Prevention and Treatment of Simple Goiter. Atlatic Mer.J.,26,437-443,1923.
Reilly C:Selenium in food and Health,pp.118-127,Blackie Academic&Professional,1996.
Kimura K:studies of amyotrophic lateral sclerosis in the Kozagawa district of the Kii Penisula,Japan(Epidemiological,genealogical and environmental studies).Wakayama med.Rep.,9, 177-192,1965.
Yasui M,Yase Y and Ota K:Distribution of calcium in nervous system tissues and bones of rats maintained on calcium-deficient diets.J.Neurol.Sci.,105,206-210,1991.