ヨウ素(検証編)

さて、食品標準成分表新規掲載ミネラルシリーズでは以下の栄養素について簡単な解説(?)を行ってまいりました。

クロム:http://d.hatena.ne.jp/doramao/20110108/1294452703
セレン:http://d.hatena.ne.jp/doramao/20110111/1294714139
モリブデン:http://d.hatena.ne.jp/doramao/20110117/1295235125

上記三つのミネラルは普通に食生活を送る場合には気にしなくて良いですよと説明をしましたが、今回のヨウ素についてはちょっと取り扱いが違う感じです。食事内容によっては摂取量を気にした方がよさそうなミネラルなのです。

ヨウ素とその働き
ヨウ素というと、小学生時代のでんぷんの定性実験を思い浮かべる方が結構いらっしゃると思います。じゃが芋にヨウ素ヨウ化カリウム溶液をたらりとすると、発色をするアレです。その他、ヨウ素が入った消毒液などがお馴染みですね。ヒトの体ではヨウ素甲状腺ホルモンというエネルギー代謝に重要な物質の構成成分として働くことになります。

ヨウ素の欠乏症
世界的に見るとヨウ素は欠乏症が問題となる微量ミネラルです。実は、栄養素欠乏の中で一番多くのヒトが悩んでいるのがこのヨウ素で、世界中で10億を超えるヒトがヨウ素欠乏と云われており、数億人がそれによる欠乏症に苦しんでいるとされております。ヨウ素不足が続くと甲状腺は肥大を続け、甲状腺腫となります。胎児、新生児については更に深刻なクレチン症という欠乏症*1があり、命にも関わる事があります。
世界的に問題となっているヨウ素欠乏症ですが、昔はアメリカでも頻繁に見られる問題でした。アメリカでは食品や食塩にヨウ素を添加することで、克服することが出来ましたが、貧困に苦しむ国に於いては今なお未解決の大きな問題だと謂えそうです。

ヨウ素の過剰症
ヨウ素は欠乏症が心配されるミネラルですが、日本では欠乏症があまり問題になりません。それは日本人の食習慣に関係していると考えられます。それは海産物にヨウ素が豊富に含まれているからで、とりわけ海藻類に非常に多くのヨウ素が濃縮されて存在します。海藻を食べる習慣を持つ日本人にヨウ素欠乏が少ないのはそういった理由なのですね。
ところが、ヨウ素には過剰症のリスクも存在します。過剰症でも欠乏症と同様に甲状腺腫が発症するなど甲状腺機能に変調をきたす心配があります。

ヨウ素摂取量
日本人の望ましい栄養摂取を語る上では外せない『食事摂取基準』にはヨウ素推奨量は成人で男女とも130μg/日と示しております。では、平均的な日本人はこの推奨量に対してどの程度のヨウ素を体にとりいれているのでしょうか。実は、国民健康栄養調査にヨウ素の項目がありませんので、日本人の平均的なヨウ素摂取量です!と謂えるようなデータは今のところ存在しません。しかし、ヨウ素を豊富に含む昆布の消費量*2や小規模な調査などのデータを勘案して1日あたり平均、1.5mg(1500μg)のヨウ素を摂取していると推測されております。
ところで、アメリカの食事摂取基準を見るとこれ以上の日常摂取をしなければ安全ですよという数値である耐容上限量を1100μg/日に設定されていて、日本人の平均値と予想される1500μgはそれを上回っております。これってキケンなの?という疑問を持つヒトもいそうです。さて、どんなものなのでしょうか。

■日本人とヨウ素
高濃度のヨウ素を日常摂取していると考えられる日本ですが、過剰症の報告はそれほど多くはありません。これについては、日本人の食事形態が特別であるからと解釈されているようです。それは、海藻類を食べる習慣により平均するとヨウ素摂取量は多いのですが、海藻をあまり食べない日があるためと考えられています。水道水に高濃度のヨウ素が含まれる国では、1.5mg/日の摂取でも甲状腺腫の発症が見られるのに対して、平均摂取量が同程度にもかかわらず日本の食生活の場合は連続的なものではないので比較的安全であると考えられております。
では、過剰症についてはあまり気にする必要が無いのでしょうか?いえいえ、やっぱりそんな事は無いようで、海藻からであっても毎日多量にヨウ素を摂るヒトでは甲状腺中毒症を発症した事例があり、北海道の昆布生産地域を調べた調査*3では摂取量の多いグループに甲状腺機能低下症の偶然では起こらなそうな確率で有病率の増加が確認されています。やっぱり毎日昆布などのヨウ素の多い食品を食べることは過剰症の危険性があると考えられそうです。そんな事も考慮して、食事摂取基準では1日あたりのヨウ素摂取量は2.2mg(2200μg)に留めておきましょうね、としております。

■自分の摂取はどれくらい?
さて、自分は1日当たりどれくらいのヨウ素を食べているのでしょうか?食事摂取基準には根拠に基づく有り難いご指摘を頂いたわけなのですが、今までは食品成分表に載っていなかったので「そんな事いわれましても・・・」状態でしたがコレからはもう安心(?)です。『食品成分表2010』にはばっちりヨウ素の含有量が載っています。

日常生活でヨウ素の摂取源となりそうな食品をちょっと抜き出してみましたが昆布のヨウ素含有量がハンパないですね。海藻は全般に高いですが、ヨウ素を多く含む食品の殆どが海産物由来であることがわかります。日本人に欠乏症がほとんどみられなかったのも頷けます。昆布だしを毎日100g飲むと考えると、それだけで約8mgのヨウ素摂取になるかも知れないというのは、ちょっと怖いですね。
あともう一つ、妊娠授乳期の女性はヨウ素摂取に慎重になってもらいたいところがあります。胎児や乳幼児は過剰なヨウ素摂取で体に影響が現れやすい事がしられております。ソレについては此方で簡単に書いたことがあります。→http://d.hatena.ne.jp/doramao/20100108/1262954307
世界的には不足が気になるミネラルですので、ヨウ素の入ったサプリメントが販売されているのを見かける事があるかも知れません。しかし、日本人の食生活の現状を考えると必要ないばかりか体に悪い影響をもたらす可能性もありそうです。体にとって重要なミネラルですという言葉に嘘偽りはないけれど、それは貴方がサプリメントを必要とする事の証拠にはなりません。
『不足の無いように気をつけなければならない栄養素の数はそんなに無いんですよ』という言葉で、このシリーズを終わりにしたいと思います。お付き合いありがとうございました。


【おまけ(マクロビオティックヨウ素摂取)】
マクロビオティックを真剣に実践している方の食生活では動物性食品が提供される事はあまりありません。イベント時にちょっととか、ホネや内臓ごと食べられる小魚ぐらいのものです。そうした食生活を送るとどうしても特定の栄養素が不足しがちになります。例えば、カルシウムや鉄分などが不足するんじゃないの?と指摘される事が多いようです。このような指摘に対して、よくある反論は次の通りです。

海藻にはカルシウムや鉄などのミネラルがたっぷり。マクロビオティックの食事では豆類と海藻をあわせて1日の食事のウチ5〜10%食べるように推奨してます!

■ヒジキとヒ素
確かに、海藻類は色々なミネラルを含んだ食品です。しかし、有用な海藻類でも毎日たくさん食べるというのは、メリットをデメリットが上回ってしまう危険性もありそうです。例えば、カルシウムや鉄など不足しがちなミネラルが補給できる反面、ヒ素カドミウムなどの体に有害なミネラルを蓄積してしまう危険性も高いのです。ヒ素については有機ヒ素よりも無機ヒ素の害が指摘されておりますが、ヒジキは無機ヒ素を高濃度に含む食品で、イギリス(Food Standards Agency )では敢えて食べないようにしましょうという趣旨の勧告がでているぐらいです。これに対して厚生労働省は次のような見解を発表しております。http://www.mhlw.go.jp/topics/2004/07/tp0730-1.html

体重50kgの人の場合、107μg/人/日(750μg/人/週)に相当します。FSAが調査した乾燥品を水戻ししたヒジキ中の無機ヒ素濃度は最大で22.7mg/kgでしたが、仮にこのヒジキを摂食するとしても、毎日4.7g(一週間当たり33g)以上を継続的に摂取しない限り、ヒ素のPTWIを超えることはありません。
海藻中に含まれるヒ素によるヒ素中毒の健康被害が起きたとの報告はありません。
また、ヒジキは食物繊維を豊富に含み、必須ミネラルも含んでいます。
以上から、ヒジキを極端に多く摂取するのではなく、バランスのよい食生活を心がければ健康上のリスクが高まることはないと思われます。

注意しなければならないのは、バランスの良い食生活を心がけているヒトは心配ないという話であって、偏った食事をされている方についてはこの限りでは無いという事です。
ヒジキは水戻しを行う事で、含まれる無機ヒ素あるていど水に溶出させてリスクを少なくできるのですが、マクロビオティックではその原則を頑なに守った場合、安全でない食べ方になってしまうキケンがあります。その原則とは『一物全体の原則』と呼ばれるものです。簡単に謂うと、食べ物はなるべく自然な状態で丸々食べましょうという考え方で、例えば、稲であれば玄米をニンジンであればヒゲ根を落とすぐらいで綺麗に洗い皮ごと食べましょうという具合です。ひじきについては明確な指針は見あたりませんでしたが、水に戻すヒトもいますし、水戻ししないでそのまま放り込んで調理するヒトもおりました。
水に戻す場合でも、調理の煮汁も全部飲まないで残す食べ方がヒ素のリスクを低減させるという面では良い方法なのですが、マクロビオティックの食べ方では、水戻しの水を残して、煮汁として用い、しっかり食べましょうなんてレシピ*4なんてのもザラですから、ヒ素の過剰摂取のリスクは通常のヒジキ料理に比べても格段に高いと謂えそうです。

■マクロビとヨウ素
さて、次は本題のヨウ素摂取の話です。マクロビオティックのレシピを検索してみれば分かると思いますが、昆布やヒジキを使用した料理が本当に多いのです。それはマクロビオティックの原則を守れば当然のことなのですが・・・。そして、マクロビ料理は当然和食が多いのですが、和食はダシを使用します。肉や魚をあまり使用しないので、このダシが決め手になるのですが、厳密に守るとかつおダシはあまり望ましくない食品と謂う事になり、どうしても昆布ダシや椎茸を使用して旨みを求めることになります。しかし、先ほどの表で見たように昆布ダシには多量のヨウ素を含んでおります。毎日のダシ採りに昆布を用い、カルシウム補給に昆布の煮物、ヒジキの炒め物を食べ、ビタミンB12摂取を期待*5して海苔を食べ、その結果が甲状腺に異常が出る事*6になるのです。
健康に暮らす為に始めたはずが、なんでこんな事に・・・早い時点で気がつけば戻ることも容易ですが、期間が長いほど、人に勧めた経験があればあるほど後戻りは難しくなるでしょう。早く気づいて欲しい、ヤル前に知っておいて欲しい、どらねこはそう思うのです。

■おわりに
海藻というのは健康に良いというイメージばかりが先行して、問題点に気づきにくいという側面もあると思います。でも、どんな物質も毒物に成り得る・・・偏った食べ方をしていれば。それを忘れて欲しくないと思います。妊娠したら十分なカルシウムを・・・そう願った食事が赤ちゃんに悪い影響を与える可能性があるとしたらどうしますか?助産院の食事がマクロビ食であることの問題点は実は非常に大きいのです。



この記事全体の参考資料:『ミネラルの辞典』糸川嘉則編 朝倉書店(2003)

*1:甲状腺機能低下症だが、幼少期の発症により発達に重大な影響を及ぼすことがある病気。ヨウ素の適正補充で軽快されるが、不適切な対応で深刻な事態になることもあるので注意が必要である

*2:Nagataki S.The Average of Dietary Iodine Intake due to the Ingestion of Seaweeds is 1.2 mg/day in Japan.Thyroid. June 2008, 18(6): 667-668.によるとだいたい1.2mg/dayの摂取量が推測される

*3:Konno N, Makita H, Yuri K, Iizuka N, Kawasaki K.Association between dietary iodine intake and prevalence of subclinical hypothyroidism in the coastal regions of Japan.J Clin Endocrinol Metab. 1994 Feb;78(2):393-7.

*4:ttp://www.wadaman-s.com/recipe08.html

*5:ビタミンB12効力には疑問がある

*6:これは厳格なマクロビ実践者にはよく見られる光景みたいですttp://macro-macrobiotic.seesaa.net/article/120992963.html