妥当性に乏しいと考える代替療法を利用せずに済んでいるワケ(前編)

前にも似たような内容の文章を書いた気がするのですが、もう一度整理しながら書いてみようと思いました。個人の主観入りまくりですが、私考を思考しようという試行なのでご容赦を。
このエントリは、なんらかの不安を抱える子を持つ親が代替療法に嵌らないためにと、セットのつもりです。

■どら息子
私には息子が2人いるのですが、長男は自閉症と呼ばれる特徴を持った子供です。現在、療育手帳を取得しており、軽度の判定を頂いております。とりあえず、現在の視点で過去を振り返ってみようと思います。

■今考えれば気がつける筈だったんだけどね
私は、専門ではないのですが、大学で心理学系の単位をそれなりに履修しておりましたし、教育心理学や教育社会学に関連する本もそれなりに読んでおりました。だから、自閉症アスペルガー症候群という単語とその特性を知っておりました。でも、自分の息子が抱える困難は自閉症によるものと全く気がつけませんでした。

■今だから(?)気がつける
自分の息子はちょっと普通(?)じゃないかも、と思い始めたのは生まれて1歳と数ヶ月すぎた時だったと思います。彼より数ヶ月先に生まれた子が何度か家に遊びに来ていたときに実感をしました。
何かがウチの息子とは違う、うん、親との関わり方が違う。あとは言葉にならないけれど、なんだか違うのです。でも、その時は個性だから・・・ねぇ、と思い直そうと何度か夫婦ふたりで話をした記憶があります。ただ単に育てにくい子だと思っておりましたし、個性があるのは当たり前ですから・・・。でも、その育てにくさと個性が今にして思えば自閉症の特性だったのですけどね。

■関係有るのだか無いのだか
そういえば、ウチの息子は歩きだすのが早かったのですよ、9ヵ月ではポテポテ歩いていました。で、自分も早くて8ヵ月で歩いていたとか。まぁ、そんなのは別によくある事なのですが、コレは結構変わっているかなぁと思うのがありまして、寝返りの話です。うちの子は7ヵ月くらいでつかまり立ちをするくらいになっていたのですが、立ち上がれるようになった後も、寝返りが出来なかったのです。なんだ此奴・・・と思ってましたが、歩くようになったあと、ようやく寝返りできるようになり一安心した記憶があります。何だったのでしょうね。
それと、ホント寝ない子でした。赤ちゃんの癖に昼寝は殆どしませんでした。置かれると泣きますので目を離せませんでした。夜も似たような状態で、エクササイズボールに乗って抱きかかえ、ゆっくり揺らしながら歌を歌い続けないと寝てくれませんでした。それでもダメな時はドライブ作戦を使ってました。ドライブすると眠る子って多いですよね。でも、うちの子は結構しぶとくて1時間ぐらい走ってやっと眠るなんて事もザラでした。その時は世界遺産の森入り口まで到達しておりましたねぇ。

■向き合おうとおもった
大変な子だなぁ〜と、思いつつ発達障害をあまり疑わなかったのは素敵な顔でいっぱい笑って、親にベタベタの甘えん坊だったからなのでしょうね。世間的イメージの自閉症が自分の頭の中にもあったからかも知れません。でも、やっぱりおかしいな、と感じていたんですね。だから、1歳6ヵ月健診で何か分かるかも知れない・・・妻が連れて行った健診の結果報告をなんとなくそんな事を感じながらまっておりました。
で、結果は『特に大きな問題は無いと思いますので、もう少し待ちましょう』というものだったと記憶してます。ああ、そうなのか。うん、ちょっと安心・・・かな?
でも、やっぱり心配だったのですね、気になる事はホントにいっぱいあって、それが日増しに大きくなっていく。そして、自分の持つ違和感がこれは絶対おかしい、という確証にいたる出来事がありました。
ある日、息子を預けている近所の保育園(マクロビ園ではない)の子ども達が我が家の前を通りかかりました。みんなでお散歩の時間のようで、その中には息子の姿もありました。私は丁度2階にいて、窓を開けて子ども達を見下ろす形になりました。他の子ども達は窓から見下ろす私の姿を認め、「こんにちは〜」、「あ〜、だれかいるぅ」、「わーわー」とか、指を指すなどしながら反応しておりましたが、息子は周りの様子など目に入らないかのようにあらぬ方を向いておりました。あ〜あ、と思いながら私は、息子の名前を大きな声で呼びました。ところが、息子は全く気づく様子がありません。何度呼んでも同じでした。
これは絶対におかしい。息子は発達になんらかの課題を抱えているのは間違いない。いままで、なんとなく、まさか、いやでも・・・と思っていた事実が直面化された瞬間でした。

■相談してみた
やっぱりおかしい。その夜だったと思うのですが、妻とその事について話し合いを持ちました。妻も考えていたみたいで、保健センターの知り合いである発達障害などの知識を持つ方に時間を確保してもらい見て頂くことになりました。
妻と子どもと一緒におもちゃがいっぱいある部屋で面接を受けることになりました。面接してくれた方(その人は保健師の資格を持っていた方であったと思うのですが、ちょっと忘れてしまいました)は、気さくな感じでした。そうしてまず、こどもとちょっと遊んでみてくれと指示をもらいました。しばらくその様子を見て・・・
「やっぱり発達になんらかの問題がありそうですね。おそらく自閉症だとおもいます」
ああ、やっぱりそうなんだ・・・
「でも、軽い部類だと思いますから、ちゃんと療育に通えば治ると思いますよ」
えっ、そうなのですか、ああ良かった。
その後色々話して帰宅した私たち。その日はあまり深いことを考えずに眠ってしまいました。だって妻は家に帰ってきてから泣き続けたのですから。

■抱っこ法
その後、その方から何度か説明を受けた妻はパニックへの対処法として『抱っこ法』を奨められました。
その方の説明から私が受け取った内容は、パニックなど不安を抱えているような状態の時、暴れる子どもを引き寄せ、逃げようとしても抱っこを続けるというものでした。子どもが諦めて力を緩めたら此方も束縛を緩くするそうです。抱きしめる時には愛情を持って子どもの内面に働きかけるそうですが、これを繰り返すことで、親の抱っこを受け入れ、抱っこを行う事ですぐにパニックから離脱出来るようになるというもののようです。
この話を聞いたとき私は、そんな事で本当に良くなるのかしら、と妻には否定的に返答しました。だって、この子の性格を考えるとムリっぽいよ?と。でも、妻は、「じゃあ他に良い方法があるの?」と。それは確かにその通りで、反論はできませんでした。
色々と話し合った(喧嘩?)した後、じゃあ一度試してみようか、と私は謂いました。どのように行うか話を聞いてパニックが起こったときに備えておりました。

■後悔
疲れ果てました。
たった一度の挑戦でしたから、それでどうこう謂えないだろ、と云われるかもしれません。でも、私には無理です。
結局、息子は私がねをあげるまで抵抗し続けました。1時間半くらい経っていたでしょうか。翌日の彼のカラダにはアザができ、私の皮膚には爪痕が残りました。
私が行う場合には、虐待になってしまう。
もしかしたらやり方が悪いのかも知れません、でも私はもう2度と行うつもりはありませんでした。
やめようと直ぐに思えたのは、奨めてくれた方がはじめに話してくれた、「治るというような表現*1でした」私の理解では自閉症は先天的な問題で、治るものではないというものでしたから。
色々アドバイスを頂けた事自体は感謝しておりますが、この方にお願いをする事はやめる事にしました。さしのべてくれた手とお別れをするのは辛いことでした。
そうなると、また一から探さなくてはなりません。この経験から安易に選択するのは良くないと考え、色々情報収集を行うことにしました。ネットには様々な情報が溢れており、ヘタをするとより危険性のある療育に手をだしていたかも知れません。後になってそう思うのですが、早い内にそらパパさんのブログに出会えたことは幸運だったなぁということです。

■本を読む
そらパパさんのブログを見つけた切っ掛けは、一度実施した後大きな疑問を持ち『抱っこ法』について調べていた時です。抱っこ法に自分が抱いていた疑問を明解に解説した記事が検索でヒットしました。
そらパパさんの記事を読んで、ウムウムそうだよねぇ〜、なんて思ったのですが、これだけで信用してしまうのは危険であるとも知っておりました。
自分の考えを支持する情報に対しては無防備になる傾向が自分を含めて多くの方が持つ心理傾向だからです。それでも尚、信頼できそうだなぁ、と思ったのは記事の仮説を導き出すための思考形態が所謂クリティカルシンキングだな、他の話も妥当性があるかな、と思ったからでした。(イヤ、生意気謂ってますねワタシ。でも、そう思ったのは事実だから許してね)
氏のブログから療育方法について述べたものを熟読し、療育法それぞれの特徴を学ばせてもらいました。そうして、自分が良さそうだと思った療育の入門書を数冊買い込みました。

■引越
応用行動分析に基づく療育法を中心に理屈を学んで子どもに接するようになりましたが、その後すぐ、子どもは親にコトバで要求する事が出来るようになりました。勿論、その手法の効果によるものかどうかはこの例だけでは判断することができません。単に日々の成長による要求手段の獲得である可能性も高いですから。ですが、この方法を採り入れて変わったのは自分ですね、それまでだったら見過ごしていた事を見つける事ができるようになっていました。
この手法を採り入れた療育を援助してくれる機関はないかしら?ちょうど引越を予定していたので、転居先周辺にそんな施設などはないか探すことにしたのです。

■自分なりに行うことに
結局、ちょうど良い施設は見つからなかった(お試しなどしましたが、あわなかったり)のですが、自分なりにこんな方針で行いたいな、というのがなんとなく出来てきたのがこの頃でした。当面の課題は子どもを預かってくれる保育園を探すことでした。
この間、私たち夫婦にはもう一人子どもが生まれており、妻一人では日中、息子にしっかりと向き合える環境では無かったからです。この頃、息子は今までべったりであった妻を極度に嫌う(?)ようになっており、私が家に居るときは片時も離れない状態になっておりました。恐らく弟の存在が大きく影響していたのでしょう。
保育園を選ぶに当たって、色々悩みましたが、体をつかった遊びを重視しているところという点を重視しました。それは、コトバ重視のコミュニケーションが求められる空間では、彼は楽しめないと考えた事が大きかったです。その頃考えていたのは2次障害の問題でしたから。まず、楽しく遊べる事が大切で色々な経験を積む為には、参加しなくては始まらないと思っていたからです。早期の療育をしっかりと・・・というキモチがありましたので、そちらも捨てがたかったのですが、それは自分が勉強することでカバーしようと思ったのです。(勉強進みませんでしたが)
それが、このブログで度々採り上げるマクロビ保育園との出会いでした。まさか、あれ程突き抜けたトンデモとは当時は思いもよりませんでしたけど。


後編に続く予定ですが、いつになるやら・・・

*1:抱っこ法を奨める団体は治るとは謳っておりません