子育ては苦労しなければならないものなのか?

誤解されても仕様が無い事を書く。

どらねこは母親で無く良かったと思う。
少し、謂い替えよう。イマ現在の日本で母親として子育てに臨まなくて済んで良かったと思う。
単純な性別がどうだという事ではなく、其処に期待される役割と謂うモノがたいへん鬱陶しい。

【先日、ツイッターで呟いた内容をちょっと整理してみたお話し】

保護者懇談会には女性ばかり・・・「あれ、今日はお母さんは?」
出てくる話題にちょっとウンザリ、まぁ我慢すればいいのだけど。
でもって、あんまし母親が出ないと、あのウチのお母さんは・・・なんて、陰口みたいなのがあらわれる。
参加意欲が同じであれば、母親の出番が多くなりそうだよね。
食事は夫が作っているのよ、何気なくしゃべったらアンタ楽で良いよね、とか、妻としての役割を果たしてないとか色んな場面で云われてしまう。
ちょっと無理すればやれないことも無いし、アタシがやるから・・・そうして、自然と負担が増してしまうのだ。
女はこうあるべき、男はこうあるべき、潜在意識に植え込まれた『べき』『私』を苛む。出来ない自分が情けない、相手にやらせてしまって申し訳ない。
苦しい・・・
あのお母さんは、子育てに苦しんでいるよね、もっとお父さんに助けて貰えばいいのに・・・
助けて貰う方が苦しい場合もあるんだよね。
家事育児、仕事を両立するよりも苦しいってどういう状態なんだろうね。
勿論、苦労に楽しみを見出せるのであれば、それで良いんだ。
自分から子育てを買って出るお父さんだっているのだし、お母さんだって苦労ばかりじゃあないんだよね。

タマに見かける、そんな呪縛をモノともしないヒトを。
でも、そんな方を根拠無く中傷するような新聞記事も見かけるんだよね。
そんな記事を見たいヒトがいる事の裏返しなんだ。
それ、自分が苦しんだ圧力と同じ事をしているんじゃない?

自縛霊を認識し、解き放つ事ができるのは自分しかできない。
自分は誰かを同じように束縛していないだろうか?周りを見渡してみませんか。
それがソリューションってモノじゃあないのかしら。

ま、タダの戯れ言だけどね。