母乳の成分

(この記事は旧ブログどらねこ日誌に2009年1月21日掲載した内容大幅に修正したものです)


■母乳の味
マクロビオティック実践者や、一部の助産師の間では肉や甘いもの、油っぽいものを食べると悪い母乳になり、逆に海藻や豆腐、野菜を食べることで良い母乳がつくられるという説明がされることがあります。そうしたものの中にはパンを玄米に変えただけで、甘みのある美味しい母乳が・・・というものもあります。
極端な例はともかく、なんとなく食べた物がそのまま母乳になるというイメージが持たれやすいせいか、そのまま受け入れられていることが多いように思います。しかしながら、どらねこが調べた限りでは、母乳の味と食事に関する信頼性のある論文は見つけられませんでした。
とはいえ、証拠が無いからといって簡単に否定できる話でも無いのが難しいところです。自分の経験でもニンニクを大量に食べた後には体臭がトンデモない状態になる事がありますが、よく観察すると皮脂が臭っているのに気がつきます。脂溶性の香気成分は油断ができませんので、これが母乳中にも移行して、赤ちゃんの嗜好にも影響を与える・・・なんて事ぐらいはあるかもしれません。しかしながら、肉や甘いものがダメで、海藻や豆腐などが良いとされる根拠として不十分である事には違いがありませんのでご用心です。
特に新生児はヨウ素過剰に敏感ですから、昆布などのヨウ素が抜群に多い食品の多用には注意が必要ですし、母乳を作るために必要な脂質やたんぱく質を控えすぎればお母さんの健康を損ねてしまうかも知れません。
よっぽど偏った食事であったり、刺激がやたらに強い食事で無ければ授乳期の母親に悪影響を、という事は少ないだろうとどらねこは感じております。


■脂質の変化
さて、前段にて脂溶性の香気成分と書きましたが、食事中の栄養素と母乳にはある程度の関係がありまして、ビタミン欠乏状態の母親では母乳中のビタミンも少なくなるというデータもあり、水溶性ビタミンに比べ脂溶性ビタミンでその割合は大きくなります。
「やっぱり食事の油は母乳に影響をあたえるのかぁ〜。という事は油の多い食事で乳腺が詰まって乳腺炎を起こすというのも本当じゃ無いの?」
なんて、考える人もでてきそうですが、そこまでの差はでてこないように思います。母乳に含まれる脂肪の量は産んでまもなくの頃の方が多く、時間によっても変動するもので、その変動幅は食事の変化よりも断然大きいので、食事をちょっといじったからといって影響を与えるほどの差はないだろうと考えられる*1からです。


■実際はどうなの?
今回、記事を書き直すに辺りざっと論文検索をしてみたのですが、最近の論文で良さそうなものを見つけられませんでしたので、以前と同じ食事と母乳の関係を調査した1985年の論文*2を参照したいと思います。

こちらは食事調査に基づく摂取栄養量の比較データです。ベジ食グループの人でも動物性たんぱく質をとっている人がけっこう居るなぁという印象ですね。牛乳OKの人から全部ノーの人まで含まれているグループなのですね。
次に、菜食、非菜食の人の母乳を分析したデータです。

脂質摂取量は非菜食の人で多いというデータでしたが、母乳中の脂質量にはあまり違いが見られません。脂質の質をみると、脂肪酸組成にはある程度の違いがでているところが面白いですね。
菜食の人でリノール酸が高くなっており、肉に多い飽和脂肪酸であるパルミチン酸、ステアリン酸の割合が低くなっている事が興味深いです。食べた脂質の種類はある程度母乳に影響を与えるということがわかります。
ところで、この結果が肉を食べると母乳に良くないとなるのかというとこれまた微妙なところです。飽和脂肪酸というものは基本的に酸化されにくものですから、乳腺に出てきて残ったあとも酸化重合されにくいと予測*3されるわけで、これが乳腺炎の原因だ!みたいな犯人扱いするのは無理があると思われます。
色々書いてきましたが、結局はよく分からないし、母乳中の脂質の量にはたいした違いは現れないだろうなぁという感触です。


■おわりに
十分量なn-6系統の脂肪酸*4が含まれていると、赤ちゃんの脳の発達に良さそうだというお話しがたまに聞かれますが、それを支持する知見*5が幾つかありますが、反対に効果は無いとする知見*6もあったりします。
たくさん与えれば頭が良くなったり健康になるというわけでもありませんが、これらは不足すると正常な発育を阻害する可能性もあるものですから、例え頭が良くなる効果がなかったとしても必要量は確保したいところです。
これらの脂質は主に海産魚類から摂取できるもので、脂がのった魚を食べると効率的に身体に入れることができるものです。脂っぽいものは母乳に悪い影響を与えるからと強迫的になり、大事な栄養素が不足してしまっては本末転倒です。
根拠があやふやな情報で極端な食事をするリスクにも目を向けて欲しいと思います。

*1:それ以前に脂肪が多いミルクだから詰まるというわけでもないと思う。そのあたりは助産師のふぃっしゅさんが考察してくれると思うhttp://d.hatena.ne.jp/fish-b/

*2:Finley DA, Lönnerdal B, Dewey KG, Grivetti LE. Breast milk composition: fat content and fatty acid composition in vegetarians and non-vegetarians. Am J Clin Nutr. 1985 Apr;41(4):787-800.

*3:予測通りの振る舞いをするかどうかは不明ではあるが

*4:主にIPADHA

*5:例えばコレとかhttp://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/23803884?dopt=Abstract

*6:http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22641753?dopt=Abstract