母乳育児を考える−ふぃっしゅさんのコメントより−その4


その1 http://d.hatena.ne.jp/doramao/20130514/1368517708
その2 http://d.hatena.ne.jp/doramao/20130522/1369198874
その3 http://d.hatena.ne.jp/doramao/20130607/1370574687



■7.生理的体重減少と腸内細菌叢について
生理的体重減少は、平均して出生時体重の数%ぐらいみられます。母乳以外何も足さないところは、10%〜13%ぐらいまで様子を見ているようですが、だいたいは8〜9%ぐらいになるとミルクを足し始めているのではないかと思います。
体重減少期から体重増加期に転じるのはいつ頃か、出生時体重にいつ頃までに戻れば良いのかと言う点が臨床では悩むところなのですが、案外この点に関する記述がないのです。規則授乳の時代には、日齢数日の退院時には出生時体重に戻っていることが当たり前でした。
現在のように母乳の自律授乳を中心にした場合、日齢5日頃にはまだ数%ぐらい減ったままで退院する児は珍しくないです。ある本で日齢9日までに出生時体重が戻ることと書かれていましたが、根拠はわかりません。数%以上の減少で、まだ退院時に増加傾向にない児は退院後もフォローしていますが、母乳もたくさん飲み、ミルクも足していても2週間ぐらいまで横ばいで増えない赤ちゃんが時々います。でもうんちもおしっこもたくさんしているし、全身も栄養状態も良いし元気もあるのですね。そういう赤ちゃんは、2週間目から3週間目にかけて一気に1週間で数百g増えて、その後順調に増加し始めることがほとんどです。1ヶ月健診時には増え方が少ないように見えますが、その後は問題なく増加していきます。
そういう赤ちゃんは、1ヶ月の時点で体重があまり増えていなくても、不思議と身長が伸び、月齢相当にじっとみたり声が出てきたり表情が豊かになっていますし、「るいそう(やせ)」もなく栄養状態も良いのです。
もちろん、体重が増えなくてみるからにやせて栄養状態も悪く、元気もない赤ちゃんもまれにいるので、この場合は積極的にミルクを足して授乳回数を増やしていくことが大切です。なぜ、生後2〜3週間目頃まで、体重が横ばいのままの赤ちゃんがいるのか、体重増加期に入るということはどういうことなのか、ただカロリーとか母乳量、ミルク量では説明できないものがあるように思います。時期も、どこまで許容範囲かはまだまだ明らかになっているとはいえないように思います。


【ここからは、私の個人的な考えです】
生理的体重減少期から増加期に変化するのは、腸内細菌叢と関連があるのではないかと思うのです。
本の題名も著者も記録していなかったので不確かで申し訳ないのですが、ある細菌学者の本の中で「人の腸内細菌叢は生後2〜3週間で完成する」とありました。
ちょうど上記の疑問に符合する機期間です。また、個人差があるので、早い場合からゆっくりな場合とでは2〜3週間ぐらいの差があるのではないかと思います。初産婦さんの場合ようやく母乳が出始めるのが3日目頃ですが、すでにこの頃から体重増加期に入り始める赤ちゃんがいます。反対に経産婦さんは3日頃にはかなり出るのですが、たくさん飲んでいるのに体重がまだ減る赤ちゃんがいます。
近、確信に近くなってきたのですが、体重増加期に早く入る赤ちゃんのうんちは生後2〜3日頃にすでに甘酸っぱいにおいになっています。赤ちゃんの吐く息も同じ臭いがします。一見、水っぽい黄色の母乳便になっていてもうんちにほとんど臭いのない赤ちゃんは、体重がまだ減ったり横ばいのままです。母乳が主体だとビフィズス菌優位になることは知られていますが、最初からほとんど母乳だけの場合でも、甘酸っぱいにおいに変化するまでの期間は個人差が大きいようです。またミルクが主体でも、はやく甘酸っぱいような臭いのうんちになる赤ちゃんもいます。

体重増加期に入る条件のようなものがもう少し解明されれば、またどれくらいの期間までは待つことができるのか明らかになっていけば、授乳「指導」関しても「飲ませないと体重が増えない」とマッサージをさせたり赤ちゃんの飲み方に問題があるという対応から、「もう少し赤ちゃんに合わせて待ってみよう」という姿勢に変えていけるのではないかと思うのです。
また、赤ちゃんが体重増加期に入っていない場合、お母さんのおっぱいも一見「あまり出ていない」ように見えたり、反対に「いつも硬く張っている」ように見えたりしますが、赤ちゃんの方が増加期に入ると急に飲み方も変化してぐんぐんと母乳を湧き上がらせるようになり、おっぱいも一気に変化するように思います。


■7.を読んでどらねこの感想

ふぃっしゅ
生理的体重減少期から増加期に変化するのは、腸内細菌叢と関連があるのではないかと思うのです。

なるほど、面白い仮説ですね。
母乳の免疫グロブリンがその形成に寄与する事は示唆されておりますし(でしたよね?)、腸内細菌の作り出す短鎖脂肪酸が腸の運動エネルギーとして利用されている事も知られておりますね。やはりそれと関係があるのかも知れないような気がします。





■8.生理的黄疸について
なぜ生理的体重減少や黄疸について書くかというと、どのような状況でミルクを足し始めるかということに大きな影響があることだからです。あまりに「母乳以外は与えない」ことを強調することで、ミルクを使うことが遅れることの弊害もありますし、お母さん達がミルクを足すことに対して「完全母乳ではなくなった」「母乳の出が悪くなる」と必要以上に抵抗や不安を持たせることになりやすいところだと思います。

生後2日頃から、赤ちゃんの皮膚は赤黄色くなって「黄疸」*1の時期に入ります。
おおざっぱに説明すると、胎内では酸素と二酸化炭素の交換は臍帯を通してお母さんが肩代わりしてくれていましたが、出生後には自分で肺呼吸で行うようになります。胎児型の血液をどんどん分解し、成人と同じ肺呼吸のための血液に作り変えています。その過程で不要になるのがビリルビンで、一気に血液中に入っては肝臓でも処理も追いつかないし、核黄疸など発達に支障をきたす状態になってしまいます。そのために、皮下脂肪に一旦取り込まれて、少しずつ血中に出して処理し、便とともに排出していきます。黄疸の程度も持続期間も、とても個人差があります。「母乳育児に完全は必要なのか」で、north-pole先生が書かれているように、母乳による遷延性黄疸の問題もあります。

【north-pole先生のコメント】
http://d.hatena.ne.jp/doramao/20091227/1261918472#c1262069720

出生後、母胎外へ出て、赤ちゃんは呼吸の安定、体温の安定、そして排泄、消化吸収への変化など、適応のための様々な変化が体内で同時進行していますが、この黄疸も大きな変化のひとつです。血中のビリルビンが基準値を超えると光線療法を行いますが、治療をするほどではないけれど黄疸が続いている赤ちゃんというのは、哺乳量も少なく、体重増加期に入るのもゆっくりです。やはり、優先順位として黄疸をある程度処理し終わってから、次に体重増加期に入るのではないでしょうか。

例の「母子同室中に痙攣を起こした例」ですが、症例報告を実際に読んでいないのではっきりしたことはわかりませんが、生後2〜3日目ぐらいで、黄疸も治療するほどではないが高めの赤ちゃんだった可能性もあります。黄疸の高めの赤ちゃんは、やや眠りがちになります。スタッフが十分気をつけていないと、おかあさんが「よく吸っています」と言っても実際にはちょっとだけくわえていただけのことがあります。ミルクを1日に2〜3回でも足している産院であれば、脱水までは起こらないのではないかと思いますが、そのあたりの比較のエビデンスが欲しいところです。黄疸がやや高めで体重減少が大きい赤ちゃんは、黄疸を脱するまで、多少のミルクの補足をすれば良いのではないかと思っています。もちろん母乳だけでも大丈夫と思える場合もあります。1週間ぐらいで、黄疸が改善したころから自然と赤ちゃん自身の哺乳力も出てきますから、ミルクを足したくない人はそのあたりで母乳に切り替えて行けばよいと思います。

生理的体重減少が続く赤ちゃんのお母さんの母乳の分泌開始が比較的ゆっくりである印象を前回書きましたが、黄疸が高めの赤ちゃんの場合も同じような印象があります。きっと、まだ赤ちゃん自身がたくさんの母乳を必要としていない時には、お母さんの方もそれに対応している可能性もあるのではないかと。
ですから、「母乳が出ていない」とマッサージに行くことを勧めたり、「しょっちゅう吸わせないと出なくなる」と脅かしたりする必要はなく、1〜2週間は、多少ミルクを足して様子を観るという方法で大丈夫です。
私自身はそういう方法で実際にフォローしていますが、赤ちゃんは生後2〜3週間目で次の段階に入っていくことを実感しています。また、お母さんたちも、気持ちに余裕を持ちながら授乳することができるようですし、母乳の出方も問題はありません。ミルクを足すこと、哺乳瓶を使うことはとてもいけないことのようにする必要は全くなく、少し作戦を変えてこの生後2〜3週間までを乗り切れば大丈夫だと思います。


■8.を読んでどらねこの感想とふぃっしゅさんとのやり取り
−どらねこ−
マッサージなど特別なフォローが無くても、何ら今までと変わったところが無いという事なのですね。不安がある状態ではいろいろと試したいという心理状態になる事になんら不思議はありませんから、そう云うところから産まれてきたのかもしれませんね。

−ふぃっしゅ−
マッサージは不要と思います。お母さんたちが「出ていない」と不安になってマッサージを探す1ヶ月前後には、時期的に赤ちゃんも集中して吸うようになったり、おっぱいも赤ちゃんが吸うのに柔らかい良い状態になっているのですが、「マッサージに行ったから出るようになった」と思い込みやすいのでしょう。
また、自分ではおっぱいをうまく搾れなくても、助産師ならピューっと飛ばすほど出すことができますから、それをみて「出ていたんだ」という自信につながっているということもあるでしょう。
マッサージに関しては、助産師界でも議論はずっとありました。「してあげるマッサージは不要」というのが、主流になりつつありますね。でも、入院中に何もしないと「何もケアーをしていない」ように感じたりしてしまいやすので、マッサージを止められない助産師もいると思います。すれば「マッサージのおかげで出るようになりました」と感謝されることも多いですしね。でも、マッサージで出るようになったのではなく、時期的に赤ちゃんが母乳を必要とするから出るようになったのであって(これが、腸の変化との関係と思います)、手は出さなくても出るのです。
ただし、乳腺炎やうつ乳、乳頭のトラブル時には、適切なマッサージが必要ですね。それによって飲みやすくなり「出る」ようになります。だいたい、週に一回ぐらいのマッサージで、劇的に分泌量が増えるはずはないと思います。
卒乳までマッサージに通わせるのは、時間とお金の無駄にもなりますし(数十万を払った人がいますね)、マッサージに「依存」させることはどうなのかという議論も必要と思います。他のお母さん達と話す機会になって良かったから通った、ということもありますが、それがマッサージを介しての必要性があることかどうか。
なにより、マッサージ以外にさまざまなトンデモ育児法を波及させているところがあることは、もっと問題視されて良いと思います。本来、助産師内部で、きちんと議論し、おかしいことを勧めていることに対して正々堂々と言わなければいけないと思うのですが、同業者との議論や批判をするのは、本当に難しいものがあります。

−どらねこ−
母乳マッサージについては、ざっと見る限り肯定的に紹介されているケースが多いようですので、もう少し説明がなされても良いと思いました。今まで行って来たことや、その分野の専門職の業務として期待されているモノは、有効性があまり見出せなくなっても継続される傾向はどの分野でもあるのですね。
稀とは思いますが、数十万円を払うケースというのはちょっとヒドイですね。子どもの為、というコトバには強制力があるので、そのコトバを用いる場合には十分気をつけたいところです。


次回で最終回です

*1:※どらねこ注※ヘモグロビンは組織への酸素受け渡しを担う鉄を含むたんぱく質で、赤血球に大量に含まれている。胎児の場合、母親の血液から酸素を受け取るため、少ない酸素(酸素分圧の低い)から酸素を利用しなければならない為、成人のヘモグロビンとは異なる胎児型のヘモグロビンを持っている。生まれたあと自分で呼吸するようになると、胎児型のヘモグロビンは必要なくなり、ヘモグロビンは破壊され、ビリルビンというものに変化する(間接型ビリルビン)。これを肝臓で処理するのだけど、一気にヘモグロビンが壊されると肝臓の処理が追いつかなくなって黄疸になる。