マクガバンレポートと今村光一さん そしてその後

(この記事は以前運営していたブログどらねこ日誌に2009年08月04日掲載したものを大幅に加筆・修正したものです)


■マクガバンレポートの名を借りた代替療法推奨本
マクロビオティック関連本や一部の食育関連書式には、昔ながらの日本食アメリカで推奨されている例として、1977年に提出されたマクガバンレポートが登場する事があります。

そこで紹介されるマクガバンレポートは次のように紹介されたりします。

5000ページにものぼるレポートである

マクガバンレポートでは理想の食事を元禄時代以前の日本の食事としている

後に大統領候補にもなったマクガバン議員が委員長である

マクガバンレポートは久司道夫の意見を採り入れマクロビオティックの食事を参考にしている


マクガバン議員は副大統領候補であったり、中には副大統領として紹介されているサイトも確認されておりますが、実際にはそのような事はありません。こうした肩書きを利用し、信頼性を高めようという手法は、権威論証とも呼ばれるポピュラーなテクニックですが、事実とは異なる事を書くのはルール違反でしょう。
また、実際の報告は5000ページも無い事、元禄時代の日本の食生活に言及した記述など無い事、マクロビオティックは参考にされていないなど、実態に即した解説ではない事も確認されています。

その検証を丁寧に行ったものが、「火薬と鋼」というブログの次のエントリです。

マクガバン・レポートを巡る伝説
http://d.hatena.ne.jp/machida77/20090802/p1
マクガバン・レポートの真実
http://d.hatena.ne.jp/machida77/20090808/p1

本来まともな報告であったマクガバン・レポートの日本での認識をマクロビオティック代替療法などがどのようにゆがめられてきたのか、原典の日本語訳である『米国の食事目標(第2版)米国上院:栄養・人間ニーズ特別委員会の提言』を参照し検証を行った記事で大変参考になります。未読の方には是非とも読んで貰いたいです。


■誰が最初にゆがめたのだろう
ところで、日本に於けるマクガバン・レポートの認識がここまでゆがめられてしまったのには、マクロビなどの健康本だけでなく食育本などでも上記のような宣伝文句が繰り返し用いられてきたからだと思います。これは日本の伝統食の良さをアメリカ人も認めている、というわかりやすい根拠としてとても使いやすいモノだったからこそでしょう。ところで、その紹介のされ方は、原典を直接引用したモノはなく、マクガバンレポートの邦訳とされる、とある本を引用と書いてある事が殆どです。どらねこは今回、その抄訳本を書いた今村光一氏の事について書いてみたいと思います。


■今村氏のマクガバン本
『「アメリカ上院栄養問題特別委員会レポート いまの食生活では早死にする」監訳者 今村光一 経済界 刊』この本はたいへん好評であったのか、何回も改訂が行われております。

1981年:初版
1988年:改訂版
1994年:改訂新版(改訂版の装幀を新たにしたもの)
2002年:改訂最新版

1994年の改訂新版が手元にありますので、事実と異なる説明がどのように為されているのかを引用しながら紹介していきたいと思います。

前書きより
 アメリカ上院栄養問題特別委員会(当時、マクガバン委員長、以下M委と略記)が資料も含めて五〇〇〇ページを超える膨大なレポートを発表したのは一九七七年だった。このレポートは、二年間にわたりアメリカばかりでなく世界中から資料を集め、またアメリカ以外の国からも学者を招き証言を求めて出された、きわめて密度の濃いレポートだった。

世界中から情報を収集したこと、5000ページを超えるボリュームであった事が前書きに書かれております。

プロローグ(p18)より
M委は、後に大統領候補にもなったマクガバン議員を委員長に、後に上院外交委員長になったパーシィ議員(もっとも熱心な活動家でミスター栄養委員会と呼ばれた)、一九八八年度の大統領選に出馬中のドール議員。日本でも識られるケネディ議員など大物議員を揃えたアメリカ上院でも重要な委員会であった。

マクガバン議員が大統領候補という記述もこの本にありました。ところで、「マクガバンレポートで示された理想の食事は伝統的な日本食(若しくはマクロビオティックの食事)である」という記述は本書にはありませんでした。初版での有無は確認しておりませんが、この部分については、新谷弘実さんの著書から広まった可能性が高そうですね。


■抄訳とはいうけれど
本書はマクガバンレポートの抄訳という体裁をとっているものの、具体的に引用した部分はあまりなく、「委員会でも証言した○○博士が述べているとか」、「M委ではこんな証言があった」、と記しながらその名前が書かれていなかったりします。また、委員会とは無関係だと思われる別の事例が委員の発言とされる文章のあとに書かれていたりと、どこまでがレポートの紹介なのか、どこからが今村さんの主張なのかがよく分からない構成になっています。マクガバンレポートの抄訳であるとの認識で本書を手にされた方が居たとしたら、その期待は裏切られてしまうでしょう。

さらに問題だと考えられるのは、現代医学や薬学を否定し、代替療法・根拠の乏しい食事療法を推奨する記述が色々とみられる事でしょう。

p32-34より
そしてガン細胞も抗ガン剤に対し、それに負けない細胞に自身の遺伝子を操作して変身することがわかったというのだ。つまり抗ガン剤ではガンを治療できないことが理論的にも確認されたというわけだ。
<中略>
抗ガン剤治療の無効性が、ガン細胞の中の薬剤対抗遺伝子の働きによって理論的にも証明されてしまっては、イヤでも他の方法に転換せざるを得ない。いまのシーンは薬医学から栄養医学への転換を促す象徴的なシーンといえる。

このように、薬医学の問題を指摘し、栄養療法が主役であると述べる今村さんですが、どんな療法を薦めているのでしょうか?

p242-243より
結核が猛威を揮った今世紀前半に独自の対結核食事療法を創始し、九九%の患者を救ったゲルソンは、その後のガンの食事療法も考案、一九三〇年代から約三〇年にわたって末期ガンでも二人に一人は救うという驚異の実績を上げた。
<中略>
これに対しゲルソンは、ガンは心臓病、糖尿病などの成人病と同じく退化病(老化病)であり、とくにその退化の程度がひどい病気だとした。そいsて、退化病なので食事や栄養のとり方によって体全体の退化を逆転させてやれば、体自身の持つガンに対する自然な抵抗力が強化され、それによってガンは自然に治るとした。

ゲルソン療法は、減塩、低脂肪、オーガニック野菜、未精製の穀類、コーヒー浣腸などを特徴とする代替療法ですが、勿論その有効性が実証されておりません。こうした海外で考案された代替療法を今村氏は翻訳を積極的に行い、日本に紹介しているようです。

p244より
ビタミン、ミネラルのガン治療効果が注目されている
拙訳書『ガンはビタミンで治る』の著者プラサド博士は、国際ガン栄養学会の会長でアメリカ、コロラド大学のガンとビタミン研究所所長であり、専門はガンとビタミンEの関連の研究である。この本はビタミンやミネラルとガンの関連、これらの栄養物質をつかってのガン治療のことなどを書いた本である。また拙著『ガン・奇跡の栄養療法』はこれらの療法の他にゲルソン療法などについても詳しく紹介してある。

このように幾つもの代替食事療法本を翻訳している今村氏ですが、近頃話題になることが多い、酵素栄養学の本も翻訳しております。

『食物酵素のBaka力 病気を防ぎ・治す、健康・長寿も思いのまま E.ハウエル 著 今村 光一 訳解説 ヘルス・ビジネス・マガジン社刊 (2002)』

今村さん自身は健康食品の輸入販売会社も運営しており、訳書で紹介した食品やサプリメントなどを販売していたようです。マクガバンレポート本において、本文を詳しく紹介することよりも、代替食事療法を薦めるための文章が多くなっているのはこのためでは無いかと考えられます。


■今村さんのその後
それまでは積極的に翻訳本を刊行していた今村さんですが、2003年以降は改訂版を除けば新たな著作をみかけなくなりました。どうしたのでしょうか。

日本経済新聞 2002年10月19日 社会面39より
医薬品の無許可販売容疑で逮捕医療ジャーナリスト
神奈川県警生活経済課などは十八日までに、医療ジャーナリストの今村光一容疑者(67)=東京都大田区上池台二を薬事法違反(医薬品の無許可販売など)の疑いで逮捕した。今村容疑者は健康食品の輸入販売会社「うまいもの倶楽部」を経営。二〇〇〇年六月から今年三月にかけてカイロプラティック経営者ら八人に、健康食品計約二百五十万円を無許可で販売するなどした疑い。同容疑者は「一日二、三錠で体調が整う」などと薬効をうたっていたという。

どうやら、輸入販売会社の食品の売り方で摘発を受けたようです。しかし、この後の経過については調べられませんでしたので、裁判となったのか、判決はどうであったのかは不明ですのでこれ以上の言及はおこないません。

そして、この件との関連性は不明ですが、2003年に急逝されたと食品販売会社のサイトに書かれております。
なんとも早すぎる死に複雑な気持ちを抱いてしまいます。