和食至上主義に潜む食養の思想

以前、畝山さんが教えてくださったマクロビオティックに関連する論文ですが、先日文献の複写が届きました。早速読んでみたところ、最近の食育に潜む問題点を鋭く指摘するとても参考になるモノでした。掲載誌の性格上、今後参照されることもあまり期待できませんので、本文からの引用多めで皆様にご紹介したいと思います。



※本文中、断りが無い箇所は全て以下の論文からの引用です。

引用文献
荻原由紀 『フードファディズムと「和食至上主義」』農林水産省農林水産研修所生活技術研修館 日本リスク研究学会第 20 回研究発表会 講演論文集(Vol.20,Nov.17-18,2007)

では、さっそく紹介します。


■1.はじめに より

特に近年、教育や農政の現場で目立つのは、和食の健康性を過大評価し、パンや肉食などの欧米的な食品を危険視する言説である。

教育の現場では特にTOSSが一時期食育関連教材を、農政の現場では最近川島氏のアンケート調査を元にした和食の優位性を謳う政策が出回っています。この論文当時の状況が今も続いているとどらねこは考えます。

■2.現状とその論法の分析

2003 年頃から、地元の食をPRする際や、農業関係者の発信する情報及び食育教材に、フードファディズム的な活動が見受けられるようになった。その中で多くの事例に目立つのは「和食は身体に良く、洋食は身体に悪い」という「和食至上主義」と言って良い説である。
<中略>
これらの説は、歴史的事実や科学的合理性の裏付けがないものが多く、2002 年のスローフードブーム以降頻繁に採り上げられるようになった。

荻原氏このように指摘しそれら論旨のパターンを10に分類しております。
その多くはどらねこ日誌及びとらねこ日誌で行ったマクロビオティック批判で採り上げた内容を含んでおりました。10のパターンのうち幾つかを引用します。

② 米穀のマクガバン上院議員が1977年に議会に提出した「米国の食事目標」(通称「マクガバン報告」)には和食が身体に良いとかいてあり、以来米国政府は和食を手本としている、という説。

これは5000ページの報告書として紹介されることが多いですね。

③ 「地産地消」は「身土不二」と関係性が深いという説。この説では身土不二について「地元食品が一番身体に合っているという仏教の教えであり、中国または韓国や日本の伝統である。」と解説されることが多い。

身土不二で検索すると韓国関連の記事が並んでいたりすること多いですものね。

④ アレルギー疾患やガン、生活習慣病などの増加は牛乳・小麦・肉・卵などの洋風食材が原因であるという説。

これはアレルギーだけでなく、自閉症関連でも採り上げられたりしますね。

⑦ 砂糖、ミカン、バナナなど熱帯・亜熱帯作物は身体が冷える「陰性」である、肉や牛乳など「亜寒帯の食品」は身体を温めすぎる「陽性」であるため、どちらも温帯の住民=日本人が食べると病気になるとの説。陰陽説。

これぐらい単純化された言説もあるし、もう少し巧妙なのもある感じ。日本綜合医学会の沼田勇は後者かな。

⑧ 食品を切り刻んだり加工して食べることは、その食品の持つ生命力を破壊することであるという考えから、丸ごと食べることを良しとする説。「一物全体食(ホールフード)」説。野菜は皮から根まで、米なら白米より玄米が良いとされる。

食品を切ることについては・・・というとちょっと違うかも。まぁ、そんな主張もあるのかな。

⑨ 「世界各国の民族は、先祖代々地元の食品を食べた結果、伝統的食材しか身体に合わないように体質が変化している。」という理由で、上記の様々な説を擁護する解説パターン。例えば、「牛乳は日本人の身体に悪い」とする説がこれに含まれる。

牛乳はもーどく?

■①〜⑩に分類した言説が著作物に登場した事例の紹介

N県の一地域では「他の地方の食品は身体に悪いので食べないように。」と指導していた事例があった。

N県が何処なのかも気になりますが、これをどの立場の方が指導していたか・・・そちらが問題だと思います。要するに偏った食生活を薦めているのに近いといえるでしょう。

大手教育出版社M社が2006年に発行した学校教員向け食育教材は①〜⑩のほぼ全てを網羅する内容である。

2006年は多くの食育本が出た年だから当該図書の特定は難しいなぁとは思うけど、どらねこはこれらの本が思い浮かびます。
某大手教育出版社出版物1某大手教育出版社出版物2

リンク先に名前のある戸井氏についてはどらねこ日誌でも採り上げた事があります。→参考

J社の2005年版家庭科教育副読本にも「近年ガンや心臓病の死亡率が増加している」「伝統食を食べている地域は長寿である」と主張するグラフ(実際には死亡率増加や長寿の証拠たり得ないデータ処理であった。)とともに紹介された。

教育関連ですらこんないい加減な事だから「統計はウソをつく道具です!」なんて話が笑い話にならないのですよ。ホント反省して欲しい。

■①〜⑩のおかしさを検証

②実際の「米国の食事目標」には、和食を勧めるような記述は見あたらない。また、これを参考にして米国農務省と厚生省が作成した「アメリカ人のための食生活指針」には一切そのような記述はない。

ばっさり

③著者の知る限りもっとも早い「地産地消」の語句の使用例は、1981年に秋田県河辺町(現秋田市)の農業改良普及員と生活改良普及員が地元関係者らと行った活動である。彼らの地産地消とは、外部から買っていた洋野菜を地元で作ることで経済的不利益を解消し、かつ脳卒中の多い地域であったことから減塩や乳製品の消費増を通じて健康状態を改善しようとする活動であった。
<中略>
著者は2006年に当時の関係者達に聞き取り調査したが、「身土不二」とは全く関係がないとの証言だった。

伝統食品だけ食べていれば大丈夫という身土不二とは全く違った概念であることがこの記述から明らかですね。しかし、取材まで行っていらっしゃるとは・・・根拠無きいい加減な言説でも一般に広まってしまうと否定する為にこれだけの手間が掛かってしまうのです。ばかげた話と笑って放置する事の危険性がこの例から読み取れると思います。ネット上にはデマを検証するサイトなどが存在しますが、そういったものがもう少し一般に知られるといいなぁ、どらねこはそう思います。
参考→ず's - デマの検証サイト一覧

④ガン死亡者数が増えたのは、栄養改善と、医療事情の改善により乳幼児や若者の死亡率が激減した結果、長寿化したためである。長寿化の影響を廃した年齢調整死亡率データ(厚生労働省発表)で比較すると、ガン死亡率はむしろ減少傾向にある。

これはインチキ食育だけでなく、健康不安を煽る代替療法でよく見られる言説ですね。

⑨この説は特に①〜⑦の根拠とされるが、科学的には根拠がない。人類は近親交配に弱く、遺伝的に遠い集団と交配する習俗を持っている。もしも栄養要求性が人種や民族毎によって明らかに違うというのは事実であれば、人類学的には同一の種ではなく亜種として分類されなければならない。

う〜ん、近親交配を避ける習俗(インセストタブー)についてはちょっとこの説明は弱いかも。文化によっては交差イトコ婚なんて形態もありますし。肌の色によっては栄養要求性が違う例も確かにあって、黒色人種が高緯度地域で暮らす場合、皮膚によるビタミンD合成が十分に行えない為、経口でのビタミンD補給が求められます。どらねこは先祖代々の食事は少なくとも集団を維持することが可能であろうという、それなりの妥当性のある食事だとは思うのです。但し、それが効率の良い優れた食事である保証は必ずしも無く、栄養学の研究などで明らかになった身体が必要とする栄養素を多くのヒトが充足できる食事内容には勝るモノでは無いのです。よりよい食事の例が示されたのであれば、それを敢えて無視する必要は無いと思います。伝統だからと固執する態度は科学的な態度とはいえないでしょう。どらねこの見解はこんな感じです。

■説の発生源について

これらの説はほぼ全て、明治末期から昭和20年ごろまで存在した「食養会」という団体と、団体解散後に後継者達が唱えた説であることが判明した。
食養会とは、陸軍薬剤官、石塚左玄氏の唱える「化学的食養論」を信奉していた衆議院議員らが発起人となり、明治40年10月に発足した団体である。
<中略>
石塚氏は、この説を易学の陰陽論に結びつけた結果、寒冷地では陽の食品(ナトリウム塩=肉類)、熱帯では陰の食品(カリウム塩=植物性食品)を食べてバランスを取るべきであるといういう独特な陰陽論を考案し、「風土にねざす伝統食が一番身体に適合する(身土不二)」と結論づけた。

日本食至上主義の根っこを手繰っていくと概ねココに行き着くというのは本当に同感。日本食を殊更持ち上げない食育についてもこの考えが混入していたり・・・

こうした論旨の破綻は自ずと明らかであったため、明治・大正時代、多くの識者や一般大衆は冷静に反応したと見られる。大正時代の同会の会誌には、死者や健康被害が出て、世間から嘲笑されていることを嘆く記述が見受けられる。

いやさぁ、大正時代でも世間から嘲笑されていた主張が食育にモロ入り込んでいる状況というのはどうなんでしょうね。

石塚氏は、「食育」という言葉の創始者でもあり、その初出と見られる著書「通俗食物養生論」中で、肉を食べると獣のようにみだらでどん欲になり、パンを食べると病気になるため、肉類・魚肉類の消費が多い都会や漁港の子供達がこのような食品から遠ざかるように「食育」で指導すべきであると説いた。

食養の思想は元々が類感呪術であったという事ですか。弟子達は開祖の教えを未だに守っているようです。

明治時代に石塚氏以外に食育という言葉を使用した例として、今日では村井弦斎氏の存在のみがしられているが、彼も石塚氏のファンであった旨を雑誌に寄稿している。

そういえば、食育が盛んに採り上げられた2006年から数年は村井弦斎の名前をよく見かけましたが、昨年くらいからあまり目にしないような・・・。まぁ、石塚・村井両氏の名前が食育に出てきたらその時点で割り引いて考えて良さそうですね。

身土不二思想が日本の有機農業の本で紹介されていた理由については、こう考えられる。食養会は、明治時代から自然食品関係者への認証ビジネスをしていたが、桜沢如一氏(後の会長)の頃から特に自然食品や有機農業との結びつきを強くしていった。
<中略>
桜沢氏は、後継者を通じて国内外の自然食品販売業の振興に携わった。たとえば、1970年代の食品添加物反対運動の有力な指導者の中にも桜沢氏の影響を受けていた人がいたと言われる。今日の自然食品ブームや有害食品への危機意識も、彼の思想的影響が強いという指摘がある。

有機農業とマクロビ的なもののつながりは昔からだったのですね。ところで、荻原氏の謂う食品添加物反対運動の指導者って誰でしょう?荻原氏の考えている人物とは違うかも知れませんが、1人思い当たる人物がおります。そのヒトの名は郡司篤孝氏です。どらねこは美味しんぼや彼の書いた本を読み、反農薬・反食品添加物に感化された経験を持ちます。郡司篤孝氏はマクロビや食養の流れに連なる人物である事が、食養系の書籍に書かれております。

なお、桜沢氏は医師法違反や詐欺罪などの経歴もあってか戦後は公職追放に合い、米国に渡って指導したが、死者や健康被害を出しため訴えられ、マスコミに露出し知名度を増したと言われている。

う〜ん、医師法違反や詐欺罪のソースが知りたいところです。ところで米国での健康被害についてはこちらの本に少しだけ記述がある。

栄養学の歴史 ウォルターグラットザー著 水上茂樹訳 講談社 p234
オーサワは1966年に死亡しその前に医療過誤で法廷に召喚されFDAの手入れがあった。

次の項目では荻原氏はこうした主張が農業・食育とどのように結びついたのか論じているが、その中から興味深い部分を引用させて貰います。

我が国の米消費量が漸減する中、米消費を回復し、国内農業を回復させる切り札ではないかと、農家、農協、農業経済学者らが食養思想やマクロビオティック、ないし①〜⑩の説や小麦戦略論について発言するのを、著者は様々なシンポジウム等で見聞きしている。

勝手な想像ですが、これらの主張を聞く度にこのような考え方では農業問題の根本的解決にはならない、と問題意識を持ったのかも・・・

先般ねつ造が発覚した「あるある大辞典Ⅱ」とその前身番組でねつ造が指摘されたのは、「小豆を食べると頭がよくなる」「味噌汁でヤセる!?」「寒天ダイエット」「納豆ダイエット」など、大部分が伝統食材であったことに留意する必要がある。特に、2006年2月19日に放送された味噌汁ダイエットの回では「米国では今、味噌汁がブーム」と放送されたが、その根拠として米国のマクロビオティック団体が紹介され、会員がこぞって味噌汁を飲む姿の映像が流されたことは記憶に留めるべきである。

単なる捏造だけでなく、その根本には偏向した報道姿勢があったというのですね。そして今は、一テレビ局の問題に留まらず、早寝早起き朝ご飯運動などと謳い農水省が中心となり、同じような事を繰り返そうとしているのですね。朝ご飯で頭が良くなるという話を聞く度にどらねこはアタマが痛くなります。

■今後の方向性について

以上のような問題点があることから、行政や農業者等が地産地消のPRや商品の開発、食育等を行う場合、科学的な情報を消費者へ提供するように努めるべきだと考えている。

仰るとおりです。

ところで、筆者の荻原氏について少し調べたところ、社団法人 全国農業改良普及支援協会 から発行されている 技術と普及に寄稿されている事がわかりました。目次しか分からなかったのですが、タイトルは感情に流されがちな部分でもキチンと科学的検証を・・・という気構えを感じさせるモノでした。

●食糧自給率 米 麦
 パンとアメリカ小麦戦略【前編】〜「べき論」に惑わされないために
       農林水産省農林水産研修所生活技術研修館 研修指導官 荻原 由紀

農水省にはこんな立派な人材が居るのですから、こうした方が中心となって食育事業を進めてくれたら意義のあるモノになるのになぁ、そう思ったどらねこでした。
一度このお方とお話してみたいものです。