日本選手権10000mは見応えのあるレースだった

※この記事は陸上競技ファンじゃ無いと楽しめない内容だと思います。

読売新聞 YOMIURI ONLINEサブスリー記者のもっと楽しむマラソンの見方 というシリーズ(?)のなぜ日本記録を狙わないのか

という記事*1を読んだ。


実は、このレースは地上波で放送されていませんでしたので、どらねこは先に結果だけを見ておりまして、がっかりした記憶があります。それはメンバーがそろっており、好記録を内心期待していたからです。あまり燃えないレースだったのだろうなと思い込んでおりました。それにこのような記事が出るぐらいですから、記事の指摘はともかく、内容もショボかったのだろうと半分見る気が失せたほどです。
それでも母親に録画しておいて貰ったので、先日実家に泊まったときに男子10000mのレースを観戦してみました。いやぁ、これは大変面白いレースです。興奮しました!
それはともかく、どうして新聞記事と全く違う感想をどらねこは持ったのでしょうか?色々と考えてみました。


■気持ちはわかる
記事を引用しながらどらねこの意見を書いてみます。

 陸上競技の男子長距離陣がさえない。ロンドン五輪の代表選考会を兼ねた日本陸上選手権大会で、10000メートルに出場したトップ選手たちの走りは覇気に乏しく、優勝タイムも平凡だった。なぜ日本記録に挑まないのだろうか。
<中略>
 男子10000メートルが行われたのは9日。箱根駅伝などテレビ中継のある大学駅伝や実業団駅伝で活躍し、お茶の間で有名になった選手たちが、ずらり顔をそろえていた。いったいどんなレースになるのだろう、どんな記録が生まれるのだろうと、わくわくしながらスタンドで見守った。


今回の日本選手権には派遣標準記録Aを突破した選手が3名、持ちタイム27分台の選手で見ると、出場33人中13人とこれまでの大会に比べてもハイレベルである事は間違いない。これで期待するなというのはオカシイでしょう。ここは記者と同じ気持ちです。



しかし、まずまずのペースだったのは序盤だけ。2000メートルすぎから先頭集団のスピードが落ち、最後まで上がらなかった。昨年優勝の佐藤悠基選手(日清食品)が残り300メートルでスパートして連覇を果たしたものの、タイムは28分18秒。五輪のB標準記録(各国1人が出場できる記録=28分5秒)にさえ届かなかった。
<中略>
日本人選手にとって、五輪や世界選手権を除く最高の舞台は、日本選手権のはずだ。多くの陸上ファンが、スタンドで観戦し、NHKがテレビ中継する。晴れの大舞台で記録を狙わずして、いつ狙うつもりなのだろうか。


どらねこも日本記録を狙うようなハイペースでぐいぐい引っ張るようなレースを見たい気持ちはありますが、こうした大きな大会ほど優勝することの価値が記録を出すことの価値が大きくなりますので、記録も優勝も両方狙うというのはリスキーな選択であると考えられます。今大会は最初に述べたように、27分台の持ちタイムを持つ選手が多く実力が伯仲していたわけです。記録を狙い、ハイペースで飛ばした場合には他の選手の良い標的にされてしまい、優勝できる確率は下がってしまうと予測されます。(これは10000mという競技の特性上です)
ところで、一番の晴れ舞台は本番のオリンピックであると思いますが、世界選手権やオリンピックでも10000mは世界記録ペースですすむ事はほとんどありません。晴れの大舞台ではなく、ペースメーカーがつく試合で記録を狙う事の多い種目なのです。もしかすると記者はそうした背景を知らない可能性がありますね。

男子10000メートルで勝負に徹した佐藤選手は、最終的に五輪代表には選ばれた。だが、五輪本番では、26分台で走る力がないと、入賞は難しい。五輪は参加することに意義があると言われるが、応援する側としては、はじめから勝負にならない競技には興味がもてない。入賞の可能性がほとんどない選手を派遣する必要があるのか。日本陸上競技連盟は再考した方がよいと思う。


記者は日本陸上競技連盟の選考基準にまで言及しましたが、この指摘はあまり妥当なモノでは無いとどらねこは感じます。それは次の理由によります。
ここ40年以内に行われた、オリンピック及び世界選手権*2の男子10000mで、入賞したのは2000年シドニー高岡寿成選手だけですが、彼は前年の日本選手権で優勝し代表となりましたが、その時の記録はさらにスローな28分50秒程度というものでした。しかし、本番では見事入賞を果たしたわけです。記者の考える基準では高岡選手は選考されないと思いますので、この入賞もなかったことでしょう。

優勝した佐藤選手は高岡選手の持つ日本記録には2秒ほど及びませんが、持ちタイムも近いですし、勝負にも強くなりつつあります。そんな彼に期待するのはオカシナ事では無いと思います。このような記事を書くのであれば、下調べをもう少しする必要があったのではないかな、そう思うのです。最初の記録への期待が破れたことの反動かも知れませんが、記事を読む側としてはプロにはそれ以上を期待したいと思います。



■レースのこと
さて、記事に対する意見は終わりにしまして、レースを見て思ったことや率直な感想を簡単に書きたいと思います。
レース前には村澤選手には是非とも優勝とA標準突破を、と個人的には期待をしておりましたが、これだけメンバーがそろっていれば駆け引きが繰り広げられるのはしようがありません。最初に書きましたが記録以上に見応えのある好レースだったと思います。ただ、この種目は各選手のレーススタイルや長所短所などの予備知識の有無が楽しさに大きく影響を与えると思います。予備知識を元に、誰がどの時点でスパートをするのか予測を立てる楽しみ、どんな気持ちで走っているのかの想像、表情からの余力の推測などなど、レースが動いていないときにもこのように愉しむことができるのです。
さて、肝心のレースですが7000〜8000mくらいから比較的おおきな動きが見られるようになってきます。まず、スプリント能力に不安のある選手がロングスパートをかけ、他の選手を振り落としに掛かる頃合いです。村澤選手が前に出ますが、有力選手は動じません。それどころか苦しそうになりペースは上がらず逆に脱落してしまいます。村澤選手の代わりに前に出たのはやはりスプリント能力よりも持久系である宇賀地選手でした。9000mから一気にスピードアップ。これにより集団の多くは振り落とされますが佐藤選手、宮脇選手、大迫選手は余裕を持ってついていきます。そして、残り一周を前にして今度は宮脇選手が渾身のロングスパート。余力よりもスピードの不足なのか宇賀地選手は離れてしまいます。宮脇選手のスパートは素晴らしく、一瞬佐藤選手まで2mくらいの差が付きました。
これはもしかしたら・・・、そう思わせるほどのスパートでしたが、佐藤選手は狙っておりました。残り200mで一段階スピードアップをすると、宮脇選手の後ろにピタリ、カーブで一気に抜き去ります。
しかし、佐藤選手の後ろでは佐久長聖高校の後輩大迫選手が狙っていました。常に佐藤選手の動向に気を配り、最後の直線で横に並びかけキレのある動きで抜きに掛かろうとします。でも、残していたのは佐藤選手も同じでした。狙い澄ましたスパートに対し、まるで来ると分かっていたかのようなタイミングでスッとスピードアップ。タイム差はわずか0.38秒。しかし、それ以上にどらねこの目には完勝に映りました。
結果が分かっていてもドキドキ、そんな素晴らしいレースでした。
この勝利の為に佐藤選手は、綿密な準備をしていたように思います。この大会前の実業団対抗では敢えて1500mのレースに出場し、ラスト1500mの感覚*3を研ぎ澄ませ、この日の見事な勝利へと結びついたのです。

日本選手権の勝利にかける佐藤選手の思いは非常に強い思いをどらねこは感じました。体調を万全に整え、本番でも素晴らしいレースを見せて欲しいと思います。
頑張れ!佐藤選手!!

*1:この記事については、陸上競技の指導者の方もブログにて指摘の妥当性について批判的な記事を書いておりました。http://ameblo.jp/tokumoto/entry-11277909999.html

*2:約50年前の東京オリンピックでは入賞有り

*3:日本選手権のラスト1周はだいたい55秒くらいだったと思います。世界のレースはこのラスト一周でどこまでスピードを上げられるかというのが非常に大事になっております。タフなレースに耐えるスタミナとラストのキレが両立した選手が大舞台で優勝しております