コラーゲン由来ペプチドはコラーゲンではない

2月10日付けの記事*1でコラーゲンを食べるとお肌ぷるぷるが受け入れられる背景を推測する話を書きました。はてな界隈では特に注目されませんでしたが、記事の転載されているブロゴスではコメントが二桁つくなどある程度の興味を持って見ていただけたようです。興味と謂ってもなるほどー、と謂うものから、いやそれは短絡的に過ぎるだろうと謂うような否定的なご意見まで様々でした。当該記事の目的はコラーゲン豊富な食品を食べる事の期待は類感呪術的だよね?と謂う指摘をする事でしたが、そこから派生した問題についての興味も大きいとの印象を受けました。それについてもどらねこ個人の意見を書いてみたいと思います。(予備知識のほとんどない方には楽しめる内容とはなっておりません。ご了承下さい)


■問題のきりわけ
この話題を論じるにあたって気をつけなければならない点が数多く存在します。そのうち幾つかについて前もって書いておこうと思います。
まず一つ目は、コラーゲンを大量に摂取する事でそのコラーゲンや分解産物が積極的に肌のコラーゲン合成に使われるわけではないと謂う事。これはいろいろなところで述べられているので詳しい説明は割愛します。
次に、コラーゲンが豊富な食事を食べる事がお肌をぷるぷるにすると謂う話と、コラーゲン由来ペプチドを飲むことで血中のなんらかの特定成分が増加する話は別問題であると謂うこと。この部分は重要だと思います。
もう一つ、コラーゲン由来のヒドロキシプロリンを含むジペプチドが線維芽細胞の増殖を促進したと謂う知見は、創傷治癒になんらかの影響を与える可能性を示唆したのであって、美肌とは直接結びつけられるものではないと謂う事です。
更にこれに付随する細かな気になる点もありまして、どらねこが必要と思うことについて書いておきます。


■コラーゲンとコラーゲン由来ペプチドは違う
これは本当に重要な事だと思うのですが、食事由来のコラーゲンのほとんどは線維状コラーゲンと呼ばれる構造を持ったたんぱく質であり、そのほかネットワークを形成する網状のコラーゲン、線維付随コラーゲンなどがありますが、どれもコラーゲンペプチドとは比べものにならないくらい高分子です。コラーゲンを豊富に含む食品を煮込むとコラーゲン(たんぱく質)に熱による変成がおこりらせん状の構造がほぐれ(ゼラチンへと変化していく)水に溶ける性質を持ちます。こうした性質により煮込むことで動物や魚の結合組織はぷるっぷるのテクスチャーとなります。煮込んだ汁にはゼラチンが溶け込み、これを冷やすことでゼリーを作ることができます。ちょっと雑な説明ですが高分子化合物が水を抱き込み網目状に手をつなぎ合う事で独特のテクスチャーが生まれると考えて下さい。
さて、何を謂いたいのかと謂いますと、コラーゲン由来ペプチドはアミノ酸を二つないし数個が脱水縮合したものです。水溶性ですが、お湯に溶かして冷ましてもそれはゼリーにならないでしょう。つまり、ぷるっぷるの見た目は得られないわけです。コラーゲン豊富な食品がお肌によさそう!と謂うイメージの源泉はおそらくぷるっぷるのテクスチャーや見た目が大きく影響しているのだろうと謂うのがどらねこの前回の主張でした。しかしながら、効果があると謂う話の根拠として引かれるコラーゲン由来ペプチドはそのような性質は持ちません。要するに、ぷるっぷるの見た目の食品を食べて肌になんらかの効果が現れることをある程度の精度で実証しないと、それら宣伝の正当性は担保されないだろうと謂うのがどらねこの見解と謂う事です。鍋料理程度の単純加熱で血中濃度を十分に上昇させるほどのオリゴペプチドが料理中に生成するとは思えません。
ちょっと難解なテクストになってしまったような気がしますが実力が足りないのでごめんなさい(泣)。コラーゲン由来ペプチドはコラーゲンじゃ無いんです。


■そのメカニズムは肌ぷるぷる効果を担保しない
もう3年ほどになるのでしょうか。マウスの皮膚細胞を用いた実験で、ヒドロキシプロリン(コラーゲンたんぱく質に比較的多いアミノ酸)を含むジペプチドを投与したところ、損傷部位では線維芽細胞の増殖促進効果が確認されたと謂う報告を目*2にしました*3
うわ〜、これは面白いなぁとどらねこは思いました。どらねこのいたラボでも海産資源由来のオリゴペプチドをねずみさんに投与して血圧下降とか血管への影響などを検出しようと謂う実験を行っておりましたので、血中に移行したペプチドが体になんらかの影響を与えると謂う報告は特に驚くようなものでもなく受け入れられる下地はありました。
とは謂っても、培養細胞による実験や動物に対する試験の結果だけでは人間に対して健康に良い影響を与えると考えるのは間違いです。動物実験でこれは有用だ!と意気込んでなされた臨床試験のうち、一部だけが人間でも効果が確認されるぐらい厳しいものなのです。
ところで、この件については話を少しややこしくするような事情があるようにも思います。それは、人間に対するヒドロキシプロリンを含有するジペプチドを豊富に含む飲料を実際に飲んでもらい、血中濃度の上昇を確認した報告*4が実際にあることですね。これはどのように評価したらよいのでしょうか?
特有の成分(Hyp-Gly,Pro-Hyp)が血中で濃度上昇する事自体はまず確実ではあるものの、それによる直接的な効果が確認されたわけではありません。予備的にマウスの創傷部位における創傷治癒に重要な線維芽細胞の増殖させる働きが確認されているため、今後人間の創傷部位に於いても線維芽細胞の増殖を確認すると謂う実験*5につながるものだと謂う事です。
また話がややこしくなりましたが、要するにマウスの線維芽細胞増殖の件はヒドロキシプロリン含有ペプチドの血中濃度上昇が直接肌に対して良い影響をもたらすと謂う説にお墨付きを与えるような実験ではないと謂う事です。


■美肌効果を担保しない
それとは別に、肌にハリを与えるとか若返らせる事を示唆するような飲用試験がなされたりもしておりますが、特定のコラーゲン由来ペプチドの血中濃度上昇との関係を実証したものではありませんし、今のところ単独で効果があると謂えるほどのデータが集まっているとは謂いがたい状態であると思います。ましてや、マウスの細胞実験での線維芽細胞云々はそれとは直接((勿論、派生した実験なのですが効果については別問題です))のつながりのないものなのです。
直接的にはつながらないものを同じページに並べ行間を読ます行為を現行の制度の範囲内での工夫であると好意的に見ることができる方もいらっしゃるかもしれませんが、どらねこはそう謂った行為は望ましくないと思っております。誤解をした方が悪いと謂うのは過剰な自己責任論だと思うからです。そんな考えが横行する社会は住みにくいと個人的に思っております。


■そのほか気になること
もし人間の体においてもヒドロキシプロリンを含むオリゴペプチドの血中濃度が上昇する事で線維芽細胞の増殖を刺激するのだとしてもそれが健康や美容に良い効果ばかりをもたらすとも限りません。体は非常に精巧な仕組みでできており、特定の物質の血中濃度が一定に保つように微妙な調節機構が何重にも張り巡らされております。特定の生理作用のある物質が高い濃度で存在することはその精巧な仕組みを乱す*6ことに他なりません。効果があると謂う事は同時に副反応をももたらすのが通常です。体に特に影響の無い範囲での利用はそれほど心配ありませんが、目に見える効果が現れる場合にはその分心配も大きいと考えて下さい。
例えば、日本人の平均的な食事状況ではたんぱく質摂取量は寧ろ過剰*7であると指摘されてもおります。腎機能が低下している人ではたんぱく質制限が必要になる事がありますが、その場合には良質のたんぱく質で必要量を補う事が大事になります。また、いわゆるダイエットを行っている人が美肌を求めて食べる場合などには、コラーゲンはアミノ酸バランスの悪い食品ですので、体を維持するのに必要なアミノ酸を摂る事ができずに体に悪い影響をもたらす事も考えられます。
それら極端な例でなくとも、特定の食品成分を多く摂るような食生活はリスク分散と謂う視点からも推奨されません。得られるメリットが不確かなものであるのなら、そこに大きな投資*8をすることは危険では無いでしょうか?


■おわりに
私は食べてとても元気になりました!と謂う主張は否定されるものではありません。しかしながら公共の場や公共性の高いメディアが不特定多数の方にそのような不確かなものを広める事は推奨されないと思います。どらねこはそんな立場で記事を書いた次第です。
体にとって有用な食品成分の探求と謂うのは主要な鉱脈はあらかた掘り返されたような状況ではないでしょうか?それでもダイヤの原石が埋まっている可能性はゼロではありません。まだ知られてない有用な食品成分を探求する事は学問的にも意義のあることですし、その中から別の知見の蓄積にもつながると謂う波及効果もあることでしょう。このエントリはそれらの研究自体を否定する趣旨で書かれたもので無いことを最後に述べて終わりにいたします。

*1:http://d.hatena.ne.jp/doramao/20120210/1328831359

*2:Shigemura Y, Iwai K, Morimatsu F, Iwamoto T, Mori T, Oda C, Taira T, Park EY, Nakamura Y, Sato K.Effect of Prolyl-hydroxyproline (Pro-Hyp), a food-derived collagen peptide in human blood, on growth of fibroblasts from mouse skin.J Agric Food Chem. 2009 Jan 28;57(2):444-9.

*3:最初に見たのは京都新聞の記事でブックマークしてコメントも残してます

*4:例えばコレとかIchikawa S, Morifuji M, Ohara H, Matsumoto H, Takeuchi Y, Sato K.Hydroxyproline-containing dipeptides and tripeptides quantified at high concentration in human blood after oral administration of gelatin hydrolysate.Int J Food Sci Nutr. 2010 Feb;61(1):52-60.

*5:その場合にはヒト実験に於いて由来ペプチドの血中濃度が200nmol/mL以上となるような摂取を目指すのかな

*6:病的な状態では望ましい効果となる事もあり、それを導くのが薬の役割ですね

*7:拙エントリhttp://d.hatena.ne.jp/doramao/20110623/1308813849

*8:しかしながら美や抗加齢に対する執着力は侮れないと思います。美しさの為ならちょっとぐらいの不都合も・・・とかありそうですね。