グルテンフリーダイエットで健康になれるの?

先日、ネットにて情報収集をしていたところ、グルテンフリーダイエットという単語を目にしました。なにやらどらねこが認識していたグルテン除去食とはずいぶん違ったものでしたので、なんだこれはと思って読み進めたところ、どうやらグルテンを含まない食事を食べて健康に痩せるという話のようでした。
どらねこが知っているグルテンフリーダイエット(食事療法)は、セリアック病という免疫の関係する疾患を持っている人が必要とするものです。


■セリアック病
主に小麦やライ麦、大麦に含まれるたんぱく質であるグルテン(グリアジン)を原因とする、小腸の炎症性疾患です。それらに含まれるたんぱく質のグリアジンが小腸で十分に分解されず、ペプチド(アミノ酸が複数個繋がった状態のまま)のまま小腸粘膜に吸収され、それを異物と認識する免疫反応が起こり炎症を引き起こし、粘膜を損傷してしまうものです。これにより、消化吸収不全がおこり、体重減少、貧血、慢性疲労を引き起こします。
今のところ有効な薬物療法などがないため、基本的にはグルテン(グリアジン)除去食が行われますが、摂取頻度が高い食品に含まれているものであり、グルテンを除去した素材食品や調理品などを利用して食事をつくったりします。セリアック病の人にとって除去食というものはとても大切なモノであるという事です。
さて、このセリアック病の頻度ですが、アメリカでの症状を示すセリアック病は3000人に1人程度の割合と考えられていますが、潜在リスク者は133人に1人*1ほどかも知れないとも予測されています。
この病気は国や人種というにより発症頻度が異なるようで、日本を含むアジアでは比較的少ないと考えられており、実際消化管に症状が見られるケースは少ないようです。ですが、病気自体の認知があまりなされていないという影響もありそうですので、グルテン(グリアジン)由来ペプチドによる望ましくない免疫反応を起こす人は今考えられているよりも多い可能性はあるでしょう。


■健康にいいの?
セリアック病の人にとって健康を守るために大事な食事療法である事は分かりました。では、そうした病気を持たない人の健康にもグルテンフリーの食事は良い影響を与えるものなのでしょうか。
グルテンフリーダイエットを紹介しているウェブサイトやブログ記事を見ると色々とグルテンの悪影響(および、グルテンフリーダイエットとしてなぜか小麦の害)が述べられております。まとめて幾つか紹介してみます。

グルテンを取り除くと肌の老化防止や便秘予防に効果がある



小麦たんぱく質のグルテンは消化酵素で分解しきれなかったものが身体に麻薬のように働く事で、グルテンに依存状態になる



グルテンの入っている小麦を食べると 血糖値が急上昇し、それを下げるためのインスリンが過剰に分泌されると、脂肪を溜め込むことで太りやすくなる



・小麦(精白されてない小麦でも)を食べると血糖値を急上昇させるため高血糖による体内の糖化を促進させる


どれもこれもあまり根拠の無い話なのですが、なんとなく体内での栄養素の動向などを書かれてしまうと科学的な説明のように見え、信憑性を感じてしまう人もいるのだろうと思います。また、部分的に正しいセリアック病の説明が混ぜられており、専門知識の無い人にはガセ知識とは見分けるのが困難な事もあります。
これらの何処がおかしいと簡単に説明してみましょう。


■何がおかしい?
グルテン除去でアンチエイジング?】
まず、グルテンを取り除いて老化防止や便秘予防という件ですが、除去食が必要の無い健康な人にそのような良い効果を及ぼすという信憑性の高い報告は確認できません。グルテンが免疫反応を引き起こし身体に炎症反応を起こす病気があり、その症状を列記し、それに当てはまる症状がある人にも効果があるかも知れない、と仄めかすヤリ口です。似たような症状がでていても原因は必ずしも同じ病気とは限りません。


グルテンは麻薬様物質?】
次に、麻薬様物質の件ですが、これはちょっと複雑なお話しなので、少し整理してお話をします。(面倒な人は説明部分スルーしてね)
まず、麻薬として知られるモルヒネの働き方ですが、脳神経に存在するオピオイド受容体と結合し、神経を興奮させ、鎮静作用や快楽感を生じるとされております。このオピオイド受容体と結合する物質にはモルヒネの他、アヘン類の麻薬などを含めてオピオイドと総称されております。この受容体に結合する物質は麻薬だけではなく、体内で合成されるエンドルフィン(内因性オピオイド)という物質も結合し、疼痛などに対する緩和作用を発揮します。
さて、このエンドルフィンと呼ばれる物質はモルヒネとは異なり、アミノ酸が幾つか連なったペプチドと呼ばれる構造を持った物質です。ペプチドはアミノ酸が数個から数十個連なった物質*2なのですが、このペプチドという物質はホルモンとしての働きを持つものや、色々な生理活性作用を持つ物質が知られております。そのため、人間がよく食べる植物や動物などにも含まれており、食べものに含まれるペプチドの中にもオピオイド受容体に結合する、麻薬様物質があるのでは?という研究が行われてきました。
その結果、小麦のグルテン(グリアジン)や牛乳のαカゼインなどを分解してできたペプチドにオピオイド受容体と結合する物質*3を実際に見つけることができました。これらはもしかしたら体内でも麻薬のように働くかも知れない、そう考えて様々な調査研究が行われました。その結果、確かに小麦や牛乳のたんぱく質が完全に分解(アミノ酸まで)されないでペプチドとして小腸粘膜に入ることが確認されました。これらがそのままの形を保ったまま脳内のオピオイド受容体にまで運ばれれば、何らかの影響を起こしそうに思います。期待をもって幾つも研究が行われましたが、カゼイングルテン由来ペプチドが脳内に届くことを実証する信頼に足る報告は出てきませんでした。

これらについては、EFSA*4からの包括的な評価報告が挙げられておりますので、コチラを参照して下さい。
http://www.efsa.europa.eu/en/efsajournal/pub/231r.htm
また、とらねこ日誌の過去記事でもEFSAの報告を簡単に紹介しております。
http://d.hatena.ne.jp/doramao/20091224/1261637026
レビューの結果、BCM7や関連ペプチドの食事からの摂取は自閉症などの非伝染性疾患の間に因果関係はないと結論し、食品としてのリスク評価をするには値しないと評価をしております。

良い効果がある、いや悪い影響があると両者の視点で注目された食べ物由来オピオイドですが、今のところ麻薬様作用も健康への大きな影響はなさそうだという評価になっております。もちろん、今後別のオピオイドからなんらかの効果が確認される可能性は否定されるモノではありません。
小麦を食べて依存症なんて馬鹿な話だね、ヤレヤレ、とはいって良いでしょう。


グルテンの入っている小麦を食べると血糖値が急上昇し、それを下げるためのインスリンが過剰に分泌されると、脂肪を溜め込むことで太りやすくなる】
もうこれは完全に眉唾で、むしろグルテン含量の多い小麦の方が消化吸収がゆっくりとなり、ごはんなどに比べて血糖上昇が緩やかである事が知られております。
食事を食べて血糖がどれぐらい上昇するのかを調べ、どの食品や料理が血糖を上げやすいのか上げにくいのかを明らかにする研究がいくつも行われております。こうした調査の成果として一般にGI(グリセミックインデックス)として紹介されておりますが、小麦原料のスパゲティは、同程度の糖質を含むご飯に比べてGIが低いことは常識なんですね。たんぱく質の多い小麦は比較的少ないご飯よりも血糖を上昇させにくいんです。この事実だけでこの説が如何にデタラメかがわかりますね。


【小麦を食べると血糖値を急上昇させるため高血糖による体内の糖化を促進させる】
前の項目で説明したように、ごはんよりも上昇がゆるやかであるわけで、そんな事いったら和食を勧められませんよ、で終わりなのですが、糖化というキーワードが出てきたので少し言及してみましょう。
全身の細胞にとって大事な血糖なのですが、これが必要以上に高すぎると体内のたんぱく質などと反応し、糖化たんぱく質ができる事が知られており、これが本来の細胞の機能を損ねる、と言う事実が確かにあります。これは怖いですね。ですので、血糖値が上がらないように気をつけるわけですが、糖尿病でない人はちょっとぐらい糖質の多い食事をしても、血糖値が極端に増加しないような仕組みがキチンと働きます。運動不足や食べ過ぎは糖尿病のリスクファクターですが、特定の食べものを気にするよりも全体的なバランスの方がはるかに重要です。
もう一つ心配なのは、グルテンフリー食材では、スパゲティに含まれるグルテンを取り除き、代わりにジャガ芋などのデンプンを添加するような商品があるという事です。
デンプンは血糖値をもっとも上昇させる食品成分の一つです。血糖上昇が怖いと煽っておきながら、血糖上昇させやすい食事法に誘導するとはお粗末な話です。


■他の病気とも関係している?
「小麦のグルテンが様々な病気の原因になっていると聞いた事があるのだけど・・・」
そんな人もいらっしゃると思いますが、それらは基本的に根拠の無い話であると考えて良いでしょう。例えば、グルテンカゼインが腸に悪影響を与え、それが自閉症やその病態を悪化させる原因となっているので、除去食(GFCFダイエット)が必要である、というものです。しかし、これは根拠自体があやふやであり、小規模ではあるものの追試をした結果、効果は見られなかったという報告*5もありますので、負担が大きいこの食事療法を続けるメリットはなさそうに思います。また、この話の元となった主張についても、それ以前に解釈の誤りや論文の不備が既に指摘*6されています。


■おわりに
書いているウチになんだか間のびした記事になってしまいましたが、セリアック病やその疑いのある人以外にはグルテンフリーダイエットをするメリットは見つけられませんよ、という事です。
大抵のグルテンフリー食材はそうでない食品に比べて割高です。不誠実な業者を喜ばせ、家計にもやさしくないグルテンフリーダイエット。もう答えは分かりますね。
特定の食べものを祭り上げたり敵視したりするのはもうやめたいものです。




記事を書くにあたりこちらのコーヒーブログも参考にさせて頂いてます。https://sites.google.com/site/coffeetambe/coffeescience/physiology/coffeetaste/bitter/compounds/cqas/cqls/exorphin

*1:Fasano A, Berti I, Gerarduzzi T,et al. Prevalence of celiac disease in at-risk and not-at-risk groups in the United States: a large multicenter study. Arch Intern Med. 2003 Feb 10;163(3):286-92.

*2:たんぱく質はそれ以上多く結合したモノであるが、その数には明確な区切りは無いようで、50個程度でもインスリンはペプチドホルモンと呼ばれたりしているのでその辺りが境界なのかも知れない・・・あ、分子量でも考えるか・・・5000以上目安かな

*3:試験管レベルの実験で

*4:European Food Safety Authority 欧州食品安全機関

*5:http://www.webmd.com/brain/autism/news/20110928/diet-autism-what-works

*6:自閉症グルテンカゼインに関係があるのでは?という話については根拠は無いという話題も入った記事を過去に書いております。http://d.hatena.ne.jp/doramao/20110112/1294753587こちらを参照のこと