もうダマされない為の読書術講義(?):その4

憶えているかどうか不安ですが『もうダマされないための「科学」講義』書評シリーズ四回目です。今回は3章について、黒猫亭、みつどん、どらねこの3人が激論(?)を闘わせます。

・・・これまでの遣り取り・・・


もうダマされない為の読書術講義(?):その1
http://d.hatena.ne.jp/doramao/20111016/1318728079


もうダマされない為の読書術講義(?):その2
http://d.hatena.ne.jp/doramao/20111023/1319367371

もうダマされない為の読書術講義(?):その3
http://d.hatena.ne.jp/doramao/20111107/1320660719



■議論再開
みつどん:……いやぁ〜、まいりましたね。

どらねこ:ええ、ホントに・・・。

黒猫亭:あの状況では誰もどうすることも出来なかったんだから仕方ないよ。

みつどん:まさかう○ぎ林檎さん*1が突然現れてホメ○○シーの歴史について講義をはじめるとは。

どらねこ:オ○ガノンから10個目の引用のくだりで、みつどんさんがビール注文しちゃいましたものね。その後はみんな記憶とんじゃって気がつけばこの有様ですよ。

※画像はイメージです
黒猫亭:一体誰が呼んだんですか? オレは知りませんよ。

みつどん:僕じゃないですよ?

どらねこ:うん、どらも呼んでないモフ。

みつどん:え〜?それじゃ呪文を唱えてどろろ〜んと現れたってことぉ? そんな式神じゃあるまいし。

どらねこ:そう謂えば、うさぎ林檎さんが現れる前、どんちゃん「ここのお酒ってあんまり酔わないんだよねー、アルコールが無限希釈*2されてたり?」って謂ってませんでした?

黒猫亭:そう謂えばそうですね。オレがそこで、「オイオイ、ホメ○○シーかよ!!」とツッコミを入れたんでしたね。それだけのことで現れるわけが・・・

うさぎ林檎:呼んだ?
黒・みつ・どら:ぎゃぁ〜、でたぁ〜!!



※前回のエントリから1ヵ月以上間があいてしまったのは上記の理由によると考えられます。筆者が決してさぼっていたワケではありませんので、くれぐれも誤解の無いよう宜しくお願いいたします。


■3章の印象は?
どらねこ:さて、気をとりなおして続きをやりましょう。ようやく3章ですねぇ。さて、筆者の松永和紀さんは元毎日新聞の記者で現在は、サイエンスライターとして活躍中。その経験を踏まえ、マスメディアの科学に関連する情報発信の問題点などについて言及しているね。もうダマされないための科学報道講座といったところでしょう。皆様はどんな感想を持ちました?

みつどん:待ってました!と言う感じでしょうか。報道の問題は特にこの頃は目につきますからね。マスメディアがフードファディズムやゼロリスク信仰を補強してしまっているのは常日頃問題に思っていた所ですし。そこの部分をわかりやすく具体的に解題して、とても参考になりました。

どらねこ:なるほど、教養的要素のあるバラエティ番組で、特定の食品成分イチオシしたり、さも特定の食品が病気に効果があるように紹介されたりしますよね。で、批判があれば、バラエティ番組ですから・・・、みたいな反応が返ってきたりと色々問題ですよね。では、クロネコッティさんは?

黒猫亭:オレは物識らずだから松永さんのことはよく存じ上げなかったのですけれど、この記事は良いのじゃないですかね。食の分野は一種ニセ科学問題の本丸でもあるわけだし、書き手は元々ジャーナリスト出身と謂うことで素人にもわかりやすく科学的思考の勘所が紹介されている。ある意味、最もこの書籍の方針に相応しい記事なんじゃないかと思いますよ。

どらねこ:うんうん。そうですよね。どらねこもそんな感じです。内容は遠く及ばないですけど、このブログも松永さんと同じように食の問題について書いているので、共感するところが大きいんですよね。なので、うんうん唸りながら読んじゃって、全体としては異論無い感じです。むしろ、よくぞ謂ってくれた!みたいなスカッと感がありますね。新聞やテレビから流れる食が関係する科学報道に「イラっ」とくること多いですから。とはいえ、そんな時こそ批判的に読むことをわすれちゃいけないんですけど・・・。

黒猫亭:そうですね、エコナGMOの問題を中心にして例示することで、食の分野に関する一般的な誤解について要領良く纏まっていると思います。MOEみたいな少し面倒くさい概念も出てきますが、具体的でわかりやすいですしね。それと、「科学的な情報を不特定多数に伝えること」にいちばん斬り込んでいると謂うところも評価出来ますね。

みつどん:後半の具体的な問題点の例示は圧巻でしたね。警鐘には商品価値がある、とか。両論併記の問題点なんかも、いわゆる足止め効果の解説としては最もわかりやすい部類なんじゃないでしょうか。

どらねこ:足止め効果かー、歴史修正主義批判界隈で聞いた言葉だなぁ〜。自信満々に難しそうな事を書かれてると、慎重なヒトは態度保留することありますよね。ホントはズバッと切っちゃっても良いような情報なのですけれどね。さて、他に論点はありますか?

みつどん:何かあったような気がするけど、うーん思い出さないと。


■読者からのおたより
どらねこ:そうそう、このシリーズに対して読者の方から応援メッセージやご意見を頂いていたんです。その中に松永さんの記事に対する感想を書いたものもあったんですよ。

みつどん:へぇ〜、意外と反響あるものですねぇ。どれどれ――おっ!これは。

もうダマ読書講義シリーズ続きが楽しみだけど、ぼくっこ腐女子は登場しないの?
              とある物理学者より

黒猫亭:オレの知り合いのバイク好きブロガー*1も似たようなことを言っていたんだよな。どうやらあの辺りのオッサンにアピールするキャラみたいだねぇ(爆)。

どらねこ:そこ本題と関係ないメッセージで遊ばない!!と謂うわけで、参考になりそうな意見をさっそく紹介いたします。


どらねこさんこんにちわ。いつもとは言えませんが、気が向いた時に読んでいる愛読者です。もうダマシリーズもそれなりに楽しく読んでいるよ。
前回で第2章が終わったから次はいよいよ松永さんの回と思いますが、ぼくも個人的興味から遺伝子組換え作物について調べたりしているので、一応楽しみにしています。ところで次のエントリがなかなか掲載されないのは、もしかしたらネタギレかなと心配しているので、ぼくの気になったことを教えてあげるね。
さすが松永さんだと思ったのだけど、ちょっと書き方で気になったところがあるのだよ。



もうダマだと、なんというかゼロリスクを強調しすぎじゃないかなーと思ったりもするんですねー。ぼくらは普段、ある程度のリスクを認識しつつ生活してると思うんですけど。そこで予期せぬリスク、つまりプラスアルファ分のリスクについては、キャパオーバーなので引き受けられないってことだと思うんです。だから、なにがなんでもゼロリスクを!そんなふうに求めるいる人なんて本当は少ないと思うんだよね。
たとえば、タバコは自分が(認知の正しさは別としても)リスクを自覚して吸ってる人もいるでしょう?車で事故に遭うことをまったく考えてないわけじゃないと思いますし。
もしかするとこんな風にゼロリスクを求めていると書かれているのを見ると、その時点で反発を覚える人なんかもいるかもしれないから勿体ないような気がするんだよね。
うん、ヒントになったかな?どらちゃんもがんばれよー。



追伸 今度そっちいくまでにちゃんと料理の腕をみがいておけよー、今度またあんな変なものをくわせたら承知せんぞー、ぶっ殺すぞー、マジだぞー。

黒猫亭:・・・何やらとても物騒なことが書いてありますが、もしかしてこれはわれわれがよく識っているあの人物ですか?

どらねこ:・・・いえ、あくまで匿名希望の一般読者さんからのお便りモフ・・・。さて、これは震災前に行われた講義をベースにしているから今の観点で見ると違和感が大きいのかも知れませんが、リスコミの話をする上ではヒントになりそうですね。

黒猫亭:そうそう、松永さんの記事については、実はオレはその話をしたかったんですよ。この本に章立ての内、平川さんの第4章と片瀬さんの付録以外の3章はすべて震災前に書かれたものだと謂うことなんですが、それによっていちばん劇的に見え方が変わったのが松永さんの記事だったと思うんです。そんなわけで、話は後だ、まずはこれを見てくれ。

黒猫亭:これはオレとどらちゃんやむいみんが以前お話をさせて戴いた*2J_StemanさんとおっしゃるSTSの研究者の方が作成した図をパク・・・もとい、拝借*3してきたものなんですけど、要するにこの本の3章までの記事はこの図で謂えば「1」の状況で書かれているわけで、平川さんや片瀬さんの記事はおそらく時期的には「3」の状況で書かれているわけです。

どらねこ:なるほど、「1」のサイエンスコミュニケーション領域には「平時、啓蒙」とか「欠如モデル的」とか書いてありますね。トゥギャッタから引用すると「日本的な意味で科学コミュと言った場合には、欠如モデルこそが正しい/欠如モデル的発想に警戒を抱く必要があるのは、リスク・コミュニケーション(トランスサイエンス)の領域」と謂うお話でしたね。

黒猫亭:ええ、「欠如モデル」の定義を平たく謂うと「科学情報を与えるだけで一般の人々の科学受容や肯定が上昇すると謂う考え方」となるのに、「双方向モデル」の対義語としても位置附けられているいるので、その辺がちょっとややこしいんですが、要するに「欠如モデル的」と書いてあるのは「一方的に科学情報を与える形の科学コミュニケーション」みたいな意味だと思うんです。で、平時ならそう謂う形の科コミになるのは当然なんだと謂うお話でしたね。

どらねこ:あ、そうか。そうするとけっこうこの本の構成が見えてきますね。3章までの書き手は当然震災があることなんか予知出来るわけがないですから、平時の科コミの感覚で書いていて、4章の平川さんは「3」から「2」のトランスサイエンス的状況への遷移を見越して書いている、と。

黒猫亭:ええ、そして片瀬さんは「3」のクライシス状況の直中で飛び交ったデマや風説を取りまとめて資料の形に整形したわけです。そう謂うふうに概観すると、さっきのむい・・・もとい、匿名希望氏の指摘について、何故そうなのかと謂う理由が見えてくると思うんですよ。

どらねこ:人々にとっての「リスク」の意味合いが変わってきた、と?

黒猫亭:そうです。多分、震災前はたしかに強固な「ゼロリスク幻想」があったと思うんです。で、松永さんはジャーナリストですから、ネットでそれなりに調べて物を言っているような人々の意見を見ているだけのわれわれよりも、おしなべて広く一般にそのような頑迷な空気が存在すると謂う実感が強くあったんじゃないかと思うんですよ。そして、震災前の状況で考えれば、人々が神経を尖らせて心配しなければならないような「リスク」と謂うものは実在しなかったわけですね。

どらねこ:人間がリスクの相対で生きていると謂うことは、裏を返せば現代日本の食品衛生システムのうえでは、極端に心配が必要なほどの特異的なリスクは存在しないと謂うことですからね。

黒猫亭:残留農薬然り、食品添加物然り、発がん物質然り、GMO然りで、実は日本ほど厳格な法律で食品の安全性が担保されている国家はそんなにない。食品偽装の問題も実は安全性の問題ではなく不当な附加価値を謳う詐欺的商法の問題だし、そもそも健康被害が出るような食品は出回っていない。言ってみれば食の安全性が脅かされていると謂う一般的な認識にはそんなに根拠がないわけで、そう謂う意味ではエコナGMOが引き合いに出されて、これは決して無闇矢鱈に危険なものではなくて受認可能なリスクなんですよ、と科学情報を与えることで説明するロジックが強調されているのは、書かれた時制を考えると当然なんですね。ところが・・・

みつどん:・・・原発事故で放射性物質と謂う「本物の脅威」が出現した、と、そういうことですね?(キリッ)

どらねこ:どんちゃん、そこは私の一番美味しいところ・・・ホントに美味しいところを遠慮なく持っていくモフ・・・

黒猫亭:流石に鋭いですね、みつどんさん!
どらねこ:あっ、クロネコッティさんまでヒドイ!

みつどん:お気になさらず続けてください。僕はこれから、ふわふわとろとろな時代にNO!と叩き付けるべくブロイラーのタマネギニンジン椎茸がゴロゴロ入ってて玉子の縁がダシで茶色く染まっている中華料理店なんかで出てきちゃうような野暮ったい親子丼とサシで一勝負しますから。

黒猫亭:・・・ご自由にどうぞ。まあ、リスクマネジメントの構造としては放射性物質も同じではあるんです。リスクは飽くまで相対的なものですから、妥当にリスク比較をしたうえでどの程度のリスクまでを受認するか、とそう謂う問題に還元されるのですが、他の食品リスクと違うところが一点だけあります。つまり、他のリスクはすべて国家が担保する安全性のシステムによって厳格にコントロールされていて実質的な脅威はないけれど、放射性物質は不測の事故の結果飛散したものだから、誰にもコントロール出来ないしどの程度飛散したのかは量ってみなければわからないんです。

どらねこ:なるほど、そうすると、システムで管理されているリスクではないから、本当に危険かもしれないし、そうじゃないかもしれない、それは放射線量次第の部分となると、憶測が憶測を呼ぶわけですね。しかも、事故直後のパニック以降人々も熱心に勉強しているから、「われわれは別にゼロリスクなんか要求しているんじゃない!」と謂う意識になる、と。

黒猫亭:そう謂うことです。震災前と震災後では人々のリスクに対する認知や意識も違うし、したがって必要とされているコミュニケーションのスタイルも違うけれど、飽くまで松永さんは平時の科コミの意識で科学情報を発信すると謂うスタイルで書いているから、今読むと何だかゼロリスク幻想を強調しすぎているように見えるんじゃないかと思います。でも、多分震災前の状況における食の安全の問題って、そこが本丸だったんですよ。

どらねこ:なるほど、そうかもしれません。どらねこも人々の立ち位置については色々と思うところがありますが、次回はちょうどSTSについて述べた平川さんの第4章ですから、そっちに取っておくことにします。黒い文章にならないようにどらねこもしゃべらないとね。でも、その前にSTSの基本的な考え方を紹介出来たのは好都合でしたよね。J_Stemanさんの図はもしかして次回も拝借するかもしれませんね。

黒猫亭:あ、それで思い出したんですが、先ほど「人々が神経を尖らせて心配しなければならないような『リスク』と謂うものは実在しなかった」と言いましたが、そうすると「O157BSEみたいな、従来の食品管理システムでカバー出来ていなかった問題はどうなんだ?」と謂う疑問を抱く方もいるかと思います。その辺のリスク管理の問題については、おそらくトランスサイエンス領域の問題になるでしょうから、次回の平川さんの章で触れることにしましょう。

どらねこ:そうですね、STSと謂うと「英国のBSE問題を契機に云々」みたいな話題が必ず出てきますからね。



美味しんぼ再び
みつどん:じゃ、もう終わりですね? お疲れ様。(本日何度目かの)いただきま〜〜っ・・・

どらねこ:ちょっとまってよ、まだ終わりじゃないからね。美味しいものを食べる前に忘れちゃイケナイ話があるよ。

黒猫亭:実はオレも言いたいことがあるんですよ。

どらねこ:あ、どらねこから先で良いですか?ちょっとした話なので。

p146より
役人を怒鳴りつけて情報提供をいきなりストップさせ、配布中だった何千冊ものパンフレットを事実上廃棄させるような事態がこっそり進行しています。

どらねこ:これって本当に怒鳴りつけた事実があるのかしら?それともレトリックなのかな。後者だとすれば、新聞の見出し的な表現だなぁ、なんて思ってしまうのだけど。

黒猫亭:どうなんですかねぇ。オレは「こっそり進行」と謂う表現が多少扇情的で戴けないと思いますが・・・ソースの有無をちょこっとオレのご自慢の高機能情報端末*4で検索してみましょうか。うーん、かなり漠然とした話だし、「この動きをメディアがほとんど報じていない」と謂うことですから、ネット検索でも望み薄ですねぇ・・・おっ、何だか見覚えのあるブログが一個ヒットしましたよ(笑)。

どらねこ:どれどれ・・・と、なんか見覚えがあると思ったら、われわれがよく知っている温泉マーク*5あの人のブログ記事じゃないですか!これはパンフレットの件じゃなくてウェブサイトの話ですが・・・こっちは「政務三役の指示ではないか」と謂う推測ですね。

みつどん:温泉マークさんの記事やリンク先では「あくまで噂レベル」となっています。まあでも、松永さんのことだからコアな部分の裏はとっているんじゃないですかね。

どらねこ:私もそう思いますけれど、「怒鳴りつけて」「こっそり進行」と謂う表現がやや扇情的に感じますし、そう謂う煽り方が逆に説得力を減じるところもあるんじゃないかと思います。

黒猫亭:ただまあ、この程度の生々しさはあったほうが好いと謂う考え方もあるかもしれない。われわれはそう謂う主観の部分や印象に訴える表現は抑えるほうが説得力を感じるけれど、世間一般の感じ方はまた違うのかもしれないし、そこはまあ、考え方や感じ方の違いの範疇でしょう。まあ、そんなところで、ようやくオレの番だな。どらちゃんの指摘したのと同じページに書かれている文章ですが、オレたちが「大好き」な美味しんぼに関係する話が出ていますね。

どらねこ:ええ、この辺については私も謂いたいことがあります。


P147より
しかし、『美味しんぼ』はあくまでも創作物、物語です。遺伝子組換えは悪いと主張したい作家が、作中人物にそう言わせ、そのことを読み手も了解している。だから、新聞や雑誌などの報道に対するのと同じように抗議するのが適切なのかどうか、私にはどうしても引っ掛かるのです。


間違った意見を言う自由もある。表現の自由は尊重されるべきです。マンガが出て問題がある、と思えたら、やっぱり同じように言論で「あのマンガには問題がある」と主張することで対抗すべきだったのではないか? この団体には、私の知人もたくさん所属しています。「なんて甘い考えだ。だから、間違いが世間に広まったままになるんだ」と怒られます。このあたりは見解の分かれるところでしょう。

黒猫亭:たしかにオレとしては、松永さんとは違う見解を持っています。この種の問題はザックリ論じても意味がないので、個別に具体的表現を見ていく必要があると思うんですが、美味しんぼの場合は情報提示の手法上大きな問題があると思うのですよね。

どらねこ:そうですね、松永さんが仰っている意見は普通の一般論としてはそんなにおかしくないんですが、美味しんぼを例に挙げているので違和感を持つことは事実ですね。

みつどん:それこそ創作されたキャラクター、例えば士郎が全部しゃべってるなら「作中人物にそう言わせ」とくくっても問題無いですけど、美味しんぼは……。

黒猫亭:ええ、美味しんぼの情報提供手法の特徴として、外部の実在の専門家を劇中に登場させて、その専門家の生の言葉として情報を伝えると謂う手法を多用しているんですね。初期の頃は原作者が取材した情報を山岡を代弁者として語らせて、「論より証拠だ、まずこれを見てくれ」みたいな感じで提示していたので、情報が間違っていても作者の理解不足や牽強付会だろうと思えないこともない。ところが、実在の専門家をそのまま登場させると謂う手法だと説得力が違います。その種の取材パートになると、虚構の劇中人物とは明らかに描写のタッチが変わっていますからね。

みつどん:あからさまにルポルタージュっぽいタッチに変わりますね。

どらねこ:でも、それは一面では情報源を特定して「飽くまでこの人物個人の見解」であることを見せる事で、情報の精度を限定する意味もあるんじゃないですか?

黒猫亭:そう謂う見方が出来ることは否定しません。しかし、読者からの見え方として本当にそう謂う「了解」が成立しているのか、と謂う点には疑問符が附きます。表現行為である以上、「見え方」論は避けて通れないはずで、それは情報加工産業の製造者責任みたいなものですよ。美味しんぼの表現手法は、ある種ドキュメントタッチであったり、作中に実在の専門家が登場したりと、作者が「これは本当の話なのですよ」と謂うメッセージ性を強調しているのがアカラサマで、極普通の一般的な読者もそのように取っています。

みつどん:なるほど。創作物の中だけで完結させないで外部と連結させて説得力を強化している、と。ただ全体としてはあくまでフィクションの枠を踏み外さず、ジャンルもノンフィクションともルポルタージュとも謳っていない……まあ美味しんぼは先駆的な作品で既存ジャンルに合致しない、「美味しんぼ的作品」の元祖ですけど。ウンチク漫画?

どらねこ:そのへんのさじ加減は難しいですね。「漫画(フィクション)でも明らかな事実誤認に基づいて書かれたものについては批判ないし注釈による訂正を要求しても良い」ぐらいの方が良いと思うのです。確かに美味しんぼは「トンデモ」でまかり通って(る界隈があり)ますが、それをすべての人が了承してるわけではないし、医療漫画でも「これは違う」と普通に批判されてたりすると思うんです。原作者には化学調味料批判やGMO批判をはじめとして、自然崇拝に基づくかなり強固な思想的主張がありますから、そこで情報発信にも強いバイアスがかかっているわけですよね。

黒猫亭:ネットではトンデモ的な見解が流布していますけれど、原作者の発信する情報に偏りがあることを認知している層は一般読者全体ではどのくらいのパイなのか、そう謂う問題も考える必要もあるでしょうね。現実の社会では、美味しんぼを引き合いに出して食の蘊蓄を語る人々は今でも多いでしょう。そう謂う意味で、美味しんぼの情報発信には、情報の客観的精度を担保する責任があるはずですよ。これを完全フィクションであることが明確な他の作品の場合と同等に見るべきだと謂うほうが違和感ありますよ。

みつどん:抗議を受けたときもフィクション性を強調するよりむしろ「綿密な取材に基づいて充分科学的妥当性を鑑みて執筆している」と言う方向性ですね。*6

どらねこ:松永さんが言及している話はこの件*7であるとどらねこは考えますが、それならば訂正の要求先は出版社であり、雑誌の編集長宛に情報提供と訂正要望の文書を提出し、内容を確認してもらい、話し合いの機会を持つと謂う経緯がかかれております。実際のところ、訂正要求と言っても、筋書きを変えろと突きつけるような無謀なモノではなかったと考えます。もし、ストーリーを変えろと要求するような事例があったのなら、それはやり過ぎではあると思いますけど、目的が情報提供であるのならば言論の自由を侵害とはずいぶん離れていると思います。

黒猫亭:そうですね、「偏った主張をするな」と謂う問題じゃないんです。「偏った主張をする為に偏った情報を根拠として提示するなら、その旨ちゃんと断りを入れるのが筋だろう」と謂う話なんですね。その二つはまったく別の問題です。松永さんは「言論で対抗すべきだ」と仰っていますが、それは主張の部分に掛かるべき事柄で、情報の流布に関しては大きなリソースを持っているほうが圧倒的に有利ですし、一旦流布された誤情報を訂正するにはより大きなリソースが必要です。この非対称を考えれば、情報を発信する段階である程度の節度がなければいけない。

どらねこ:さっきちょっと触れましたが、医療漫画は現実で食漫画はフィクションなのか?と考えてしまうとその区切りに個人の嗜好が出てしまうので、もっと誰もが納得する区切りを作る方が良いかなと思った次第です。ジャンルじゃなくて、文脈が大事だと私は考えますが、これは容易に線が引けるものでないですからね。なので、ジャンルではなくてやはり中身で判断すべきかなと私は思います。でもって、どらねこは事実関係が適切でないと思われるものについては「どういう意図なのか」と相手に確認をとるなりして、新聞や雑誌などと同じように批判しても良いと考えます。

黒猫亭:オレはそこを客観情報の精度と謂う基準で線引きしても好いと思いますよ。どんな主張や誇張的表現をしてもそれは作者の自由ですが、事実関係についての情報が偏っているのはフェアではない。事実関係について明らかに誤りがあるような情報は、使い方次第で端的に謂って「嘘」になる場合があるんですよ。自らの主張に都合の好い偏った情報だけを提示するのは一種の「嘘」なんです。特定の主張を通す為に嘘を吐くのはフェアではないでしょう。

どらねこ:その辺は、ポジショントークの難しさではありますね。ある特定の立場を採用してその利害に基づいて意見をのべるのは、単に社会からの信用がひくくなると謂うだけでまぁ言論の自由の範囲内かなと思うのですが、その意見を正当化するためにかたよった情報を提示するのは、場合によっては「嘘」であると思われてしまっても仕方がないと謂うところですかね。では、思いがけず長引きましたが、この美味しんぼ話でこの章を終わりたいと思いますが、良いですか?

みつどん:はいお疲れ様。すいませーん超ドライおかわり!あとカツオの叩かれとマヨネーズお願いします。

*1:うどん県ではない方

*2:http://togetter.com/li/216289

*3:実際には転載の許可を頂いております。但しこの記事の具体的内容や図の使われ方等について、J_Steman氏はなんら関わっておりませんのでその点はご了承下さい。

*4:商品名「iPhone 4

*5:整合性を考えると温泉マークで良いと思う

*6:http://d.hatena.ne.jp/ohira-y/20100710/1278736666

*7:http://sites.google.com/site/fsinetwork/katudou/oishinbo