食中毒に思う事(後編)

前回の続きです
■病原性大腸菌
腸管出血性大腸菌O157や0111とはどんなものなのでしょう。まず、こちらを見て下さい。

集団感染、死亡者が出たことで話題になったO157O111は上の図では腸管出血性大腸菌に分類されます。O157でなくてもベロ毒素を産生するモノも存在します。O157は全体の8割ほどとされており、腸管出血性大腸菌の代表といえるでしょう。同じ大腸菌でも、ヒトの常在菌から病原性を持つものまで様々です。危険な病原性を持つ大腸菌を牛が健康保菌している事が多いことが知られております。そのため、市販される牛乳では、大腸菌群陰性である事が求められております。安心して飲んで下さい。
さて、腸管出血性大腸菌の恐ろしさは、その子供に対する危険性だけではなく、食中毒を起こすのに必要な菌数が非常に少ないことです。サルモネラ腸炎ビブリオなどでは数十万〜数百万以上に菌が繁殖した食品を食べなければ発症しないのですが、腸管出血性大腸菌では僅か50の菌数でも食中毒を発症させるほど少ないのです。つまり、食品を暖かいところに置いたり、古くなっていなくても食中毒が起こりうるのです。少ない菌数でも食中毒が起こるというこの特徴は二次感染のリスクも高めます。親が自分の責任で生食をした場合に、自分の糞便から身近な子供に移行して食中毒発生と謂うのもありうるのです。自己責任では済まなくなる可能性を孕んでいることも指摘しておきます。
テレビで焼き肉屋の関係者がインタビューに答えるのを見たのですが、この件でウチは鮮度を気にしている、味がおかしい場合は客にも出さないなどと話されておりました。これは腸管出血性大腸菌の特徴から考えれば意味のない対応と謂えるでしょう。菌が肉に付着したまま増えていなくても発症する事、大抵の食中毒原因菌は繁殖しても臭いや味に影響を与えない事と併せて二重に間違っております。食肉を提供する側の知識向上が求められる処です。

カンピロバクター
忘れてはならないのがカンピロバクターによる食中毒です。これも肉の生食や加熱不十分により起こります。腸管出血性大腸菌ほどではないですが、100程の菌数でも発症するおそれがあり、患者数の多さを考えると大変重要な食中毒と謂えるでしょう。鶏や牛などが原因食品となるものです。消化管障害が治った後に、重篤な後遺症であるギランバレー症候群を引きおこす事もわすれてはなりません。このように肉の生食は多くのキケンをはらんだ行為だと謂えるでしょう。

■誰が悪いのか
そもそも安全な生食用の牛肉は存在しないのだとしたら、そんな危険な食べ物を提供したお店が全面的に悪いのだろうか。いや、それとも、生食用として供されている事を知りながら卸していた業者がわるいのだろうか?いやいや、そんな状況を見過ごし指導や規制を設けなかった衛生行政側が悪かったのだろうか。
どらねこ個人的には、規制という手段は最終手段として欲しいと思っています。販売店への衛生教育や通達などの周知徹底や一般への情報提供や食育(笑)等による安全知識の向上などにより安易な生食が防げるようになるのがイイと思ってます。規制すると謂う事はそれに伴い多くのコストが発生するのもその理由の一つです。
今回の件よりも前にも同様の食中毒は起こっております。なぜ、繰り返されてしまうのでしょうか。
■もしかしたらよりも目の前の損害
お店側はキケンを予知できる状態*1にありながら、どうして生食肉を提供し続けたのでしょうか。これには前編で書いたような、肉の生食に対する需要が十分にあった事が関係していると考えます。例として、どらねこが牛刺しの美味しいお店にもう一度を食べる気満々で席に着いた状況を考えてみます。



どらねこ「とろける牛刺しひとつ頂戴、あとよなよなエール


店員「あいにく当店では牛刺しの提供を現在見合わせております。安全性が確保出来ないので・・・。どうぞご了承下さい」


どらねこ「えっ、なんだよ。わざわざこの店に入ったの牛刺しがあるからなのに」

このように悪態をつく客は少数かもしれませんが、お客さんのがっかりする顔を見たくないと謂うのは分かる気はします。お客さんの喜んでくれる顔が見たいからこの商売をやっている、と謂う方も多いかも知れません。自分の知る範囲ではそんな事件が起こっていなければ大丈夫だと思ってしまうと謂うのもあるかもしれません。でも、お客さんの笑顔を望むなら、それは健康を脅かす危険性を伴ってはいけないとも思うのです。
こうした客商売の心理もあるような気がしますが、もう一つ考えられるのが、現実的な計算です。ライバル店が自粛しているなら、ウチは生食の提供を続けてお客様を確保しようという計算が働くというのもありそうです。もしかしたらの確率を考慮するより、店の衰退で閉店という事態を回避したいというのも理解出来なくはありません。これは卸業者と店舗の関係でも同様でしょう。生食として提供するのなら卸しませんと謂える状況ではないと考えられるからです。契約切りますよと謂われて抗えるような経営体力がある業者ばかりとは思えません。
■消費者には問題は無いのか
お店が生肉を提供しない事でムッとしたどらねこでしたが、彼には問題は無いのでしょうか。いいえ、そんな事はありません。客を満足させる事を目指すお店が断ると謂う事は深い事情があるはずです。わざわざお客の健康を気遣って(自分の為でもあるが)安易な提供を断るお店の姿勢から理解する事は可能であるはずです。
でも、彼はなんでそんなに生肉をたべたくなったのでしたっけ・・・そうです、美食漫画の影響でした。じゃあ、美食漫画は問題が明らかになった後に、積極的にキケンを訴えたのでしょうか?グルメ番組などを放送する局は、生食が関係する食中毒が起こったときに、自身の放送内容を踏まえた注意喚起を行ったのでしょうか?

■二度と過ちを繰り返さないこと
多くの社会問題でもそうなのですが、誰か一人に責任を押し被せて終わりではありません。今回の件を切っ掛けに、二度と繰り返さないように、その為には一人一人がどのように振る舞えばよいのか、その事を考える切っ掛けになれば・・・と思います。
生肉を提供したお店の関係者はそうせざるを得ない状況に陥っていたのかも知れません。その状況を作り出したのは我々消費者で合ったのかも知れないのです。
亡くなった命は還ってきません。このようなことが繰り返されない事を願い、この記事を終わりにしたいと思います。

*1:知らなかったと突っぱねるかもしれないが