一部で出荷制限された菌根菌って何?

福島県棚倉町及び、古殿町で採取されたチチタケから、暫定基準値を上回る放射性物質が検出された事を受け、政府は次のような指示を9月6日付けでだしました。

http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001nweo.html

福島県の一部地域で採取された菌根菌に属するキノコ類(野生のものに限る。)に係る摂取制限及び出荷制限の設定について

1 福島県に対し、福島県産の菌(きん)根(こん)菌(きん)に属するキノコ類(野生のものに限る。)のうち、棚倉町(たなぐらまち)において採取されたものについて摂取制限及び出荷制限が、古殿町(ふるどのまち)において採取されたものについて出荷制限が、本日、指示されました。
(1)本日付けの原子力災害対策本部から福島県への指示は別添1のとおりです。
(2)福島県の出荷制限指示後の管理の考え方は、別添2のとおりです。

別添1より
11.福島県棚倉町において採取された菌根菌に属するきのこ類(野生のものに限る。)について、当分の間、摂取を差し控えるよう、関係自治体の長、関係事業者及び住民等に要請すること。

12.福島県棚倉町及び古殿町において採取された菌根菌に属するきのこ類(野生のものに限る。)について、当分の間、出荷を差し控えるよう、関係自治体の長及び関係事業者に要請すること。

キノコブロガーとしては、この話題に触れておく必要があると感じました。専門家から見れば認識が甘いとおしかりを受けてしまいそうですが、自分なりの解説をしてみたいと思います。

■菌根菌ってなんだろう
このお話しを聞いてすぐにピンと来た方は、かなりのキノコ通であると思いますが、大抵の方はキンコンキン?なんだろう?と、イメージがあまり浮かばないかも知れません。
キノコはカビなどを含む菌類の中で、目に見える形の子実体(キノコ)をつくる仲間をキノコと呼んでいるのです。キノコの本体は地中や木の中に広がっている菌糸なのですね。この菌糸がどのように栄養を吸収し、生育するかによって、腐生菌と菌根菌に分けられるのです。腐生菌には落ち葉を栄養にする落葉分解菌や木材を栄養にする木材腐朽菌などがあります。
さて、菌根菌はどのように生きているのでしょうか。菌根菌は生きている樹木と地中で栄養を遣り取りする共生関係を持って生育するのです。菌根菌は植物の根に菌糸を伸ばし、菌根と謂う組織をつくります。そこから、菌糸により分解吸収したミネラルなどを植物へ送り、反対に植物からは光合成により合成された栄養素を貰うと考えられております。
菌根菌は森をつくる大切な役割を持っているんですね。

■どんなキノコがあるの?
日本人なら誰しも思い浮かぶマツタケや毒キノコで有名なテングタケ、北海道で愛されているハナイグチラクヨウ)なども菌根菌に分類されます。他にも、ホンシメジ、イグチの仲間、フウセンタケ、サクラシメジ、ハツタケ、チチタケ、コウタケ、アンズタケなども菌根菌です。気がついた方もいっしゃると思いますが、これらのキノコは殆どが人工栽培されておりません。菌根菌は森の木々と共生している為、人工栽培のハードルがとても高いんですね。八百屋やスーパーでおなじみのシイタケやマイタケは木材腐朽菌です。

■どうして菌根菌は危ないの?
菌根菌には、セシウムストロンチウムなどの放射性同位体を特異的*1に取り込む性質がある事が、今までの調査によって明らかになっております。1960年代の核実験やチェルノブイリ原子力発電所事故などにより、大気中に放射性物質がまき散らされましたが、それらの影響を調査を行ったところ、キノコによって濃縮される事が発見されました。キノコは野菜に比べて放射性セシウムの濃度がかなり高い事が明らかにされてきました*2。そうして、様々なキノコが調査されるようになり、キノコによって蓄積されやすいモノと、そうでないモノがある事が明らかになってきたのです。特にヨーロッパでの調査結果から、ヤマドリタケポルチーニ)などのイグチの仲間、チチタケ、ハツタケなどのベニタケの仲間やアンズタケの仲間が特に放射性同位体を濃縮する事が知られるようになりました。
では、どうして菌根菌なのでしょうか?おそらくなのですが、菌根菌は地中の金属塩(地表に積もる放射性セシウムはこの形で存在していると考えられる)を吸収し、それを植物へ送り、共生するため、ミネラルを吸収する能力が高いものが多い為と考えられます。木材腐朽菌では、木の内部で菌糸を拡げるので、落下する放射性物質の影響は少なそうですね。落ち葉分解菌については、多くの菌根菌に比べて、金属塩を吸収する能力が低いとされております。これが菌根菌と謂う分類で出荷制限が為された理由であると考えられますね。

■じゃあ、菌根菌の他は大丈夫なの?
菌根菌は濃縮されやすい事が知られておりますが、腐生菌であっても生育環境や種類によっては蓄積しやすいキノコがあってもおかしくありません。今回の事故とは関係ありませんが実際に、クヌギタケやタヌキノチャブクロからは1000 Bq/kg 以上の放射性物質が検出された事があります。今後の調査結果によっては、自然環境にあるウスヒラタケなどからも基準値を超える事もあるかもしれません。なので、モニタリングは当然必要になってくると思います。

■誤解はしないで
今回の政府の指示は、厭くまで一部地域のしかも、天然のキノコについてのみの話だと謂う事です。店頭に並ぶ栽培物のキノコについては当てはまりません。キノコを食べるのを止めよう、と謂うのは過剰反応になりますので、その辺はどうか安心をしてください。





おまけ
■アンズタケ
チェルノブイリ原子力発電所事故の後、アンズタケから高濃度のセシウム137が検出!と謂う話がありました。乾燥アンズタケから規制値を上回る量が検出され、輸入が禁止されたのですね。アンズタケはヨーロッパで広く食用にされて来た美味しい茸です。フランス料理の食材としても利用されます。このアンズタケですが、実は日本でも近縁種が存在していて、結構色々なところで採ることができます。

杏子のような色をしていますが、臭いも杏子のような甘酸っぱさを感じさせ、歯ごたえ味ともに良好な美味しいキノコさんなんですね。
この仲間のキノコは地表の放射線レベルがさほど高くない地域でも、高度に濃縮していたと謂う話もありますので、該当地域でなくても、今年は食べるのを控えた方が良いのかな?と、思っております。天然茸は食生活を彩りはしますが、その土台としての役割は大きくありません。安全が確認されるまでは無理をしなくても・・・と、思います。ただ、自分だけで食べる分には愚行権の範疇だとは思いますが、キノコ採りを楽しむ人には、人にあげることを楽しみの多くとしているような方が多い事をどらねこは知っております。善意を拒否することは心苦しいですが、近隣地域に於いては、キノコの遣り取りは控えめにして欲しいと個人的には思っております。

*1:ちょっと追記:どらねこの書き方が悪いです。放射性の有無にかかわらず、環境中から積極的に取り込む性質があるとした方がいいですね。腐葉土に染みこんだ表層付近のアルカリ金属及びアルカリ土類金属の塩類を取り込みます

*2:Duff MC, Ramsey ML.Accumulation of radiocesium by mushrooms in the environment: a literature review.J Environ Radioact. 2008 Jun;99(6):912-32. Epub 2008 Jan 11.