母乳育児に完全は必要なのか

医師であるnorth-poleさんや助産師であるふぃっしゅさんが読んでくださっている事を期待して、論考以前の頭の中で気になっていることをエントリとしてみます。変なところがあれば、指摘してくださると期待して・・・

どらねこが赤ちゃんに優しいとされる完全母乳育児推奨運動への疑念を確定させたのは『強欲でいこう』というブログの記事、母乳育児の検証3(個人的経験)
を読んでからだ。

母乳育児を推奨する産科で出産したブログ主さんがその経験を綴っている。

4日目
赤ちゃんの血糖値が低く、体重減少が体重の10%を超えたため、哺乳量が足りていないようだと知らされた。代替手段として、糖水を与えることになる。泣いたら、ナースセンターに行き、砂糖水を10ccだったか20ccもらって、与える。このとき、哺乳瓶を使ってはいけない(ゴムの乳首は、母親の乳首に比べて吸いやすく、また吸い方が異なるので、哺乳瓶の乳首に慣れてしまうと、母乳が出るようになっても、赤ちゃんが母乳を吸わなくなってしまうという理由)。病院では、哺乳瓶のキャップをコップ代わりにして、与えるように指導された。だが、うまく与えることができず、1/3くらいはこぼしてしまった。しかも、1日に与えられる砂糖水の量が限られていたような記憶がある。厳密な量は記憶が曖昧。ただ、趣旨としてはとにかく、砂糖水だけで満腹にしないようにして、哺乳を優先するという注意は受けた。砂糖水を与えられるようになってから、少し泣く回数が減り、長く寝るようになった(とは言え、1時間くらい)。

ウチの二人目は出生体重 2400 g台であったため、病院では低血糖を心配し、モニタリングをおこない、結果2回ほど糖水を補助することになった事を思い出しました。その後は低血糖の虞もなく通常管理になりましたが、母乳分泌量やほ乳量が十分でなければこの後どのような対応となったのでしょう。少し気になりましたので、他にも調べてみたのですが、完全母乳育児に拘るアドバイザーに当たった場合には人工栄養で補うことを良しとせず、糖水のみの補助を指示されたという体験談を幾つか見つけました。

6日目
頻回授乳をやめないこと、与えてよいミルクの量の上限(1日40cc)、病院に通院して母乳育児指導を受ける方法や、自宅近くの桶谷母乳相談室の案内などをされる。また、母乳だけでは足りないことは分かっていたので、使用するミルク等について尋ねたところ、ミルクについては、どこのものでもいい、哺乳瓶については、桶谷とピジョンが共同開発した「母乳相談室」というブランドのものを勧められた。私自身、そのときは哺乳瓶で哺乳することに、恐怖に近い不安を持っていたので、なんとか病院での状況と同様、コップなどであげられないか相談したりもした。調乳方法などは、十分程度のビデオを、病棟のロビーで見ておくように言われた。人工乳育児についての説明はそれだけで、全部で1時間もなかったように記憶している。


引用元にはこの「母乳相談室」というほ乳瓶の特徴が書いてありましたが、普通のほ乳瓶に比べて吸いにくいのだそうです。ほ乳瓶は楽だと赤ちゃんが覚えて、母乳を吸わなくなる事を予防するような意図なのでしょう。個人的には赤ちゃんのウチから苦労させられる事は無いと思うのですが・・・

退院直後
授乳では、ミルクをあげるまで吸い続ける。6時間に1度、10ccのミルクを1日4回上げていたが、それ以外の授乳時はミルクをあげられないので、おのずと6時間授乳し続けて、やっとミルクをあげられて授乳が終わり、2時間ほど眠れるというような生活。授乳後、哺乳量を見るために体重を量るのだが、毎回、まったく、もしくはほとんど増えていない。長期的に見ても、体重増加率が非常に低く、自宅では血糖値も計れないので不安になる。

血糖値に怯えながらの母乳育児とは何なのだろう、そう考えてしまいます。

1ヶ月健診
診察してくれた小児科医からは、体重増加を見て、もっとどんどんミルクを与えるように、とのこと。この子は骨格から見て、本来、もっと大きくなっていていいはずなのに、増えていない、母乳でもミルクでも、赤ちゃんに必要な栄養を与える必要があるのだから、あなたの場合はもっとミルクを増やすように、と言われた。ところが、その直後の助産師との面会では、母乳がいかによいものか、母乳は吸わせ続ければ必ず出る、ミルクはそれを阻害するので与えるな、今100cc上げているのなら、これ以上増やさないように、小児科医に増やすように言われたのなら、せめて120ccで抑えるようにとの指導がある。その後の授乳指導で、子どもの吸い方が悪いから「特訓」しましょう、と言われ、私は仰向けになった状態で、子どもは口に助産師さんの指を突っ込まれて、正しい吸い方をしているかチェックされた後、私の胸の上から助産師さんに唇を開かされた状態で授乳、アヒルの嘴のようになっていなければ、また離されて指を突っ込まれて唇を開かされてやり直し、子どもは泣き叫ぶ、助産師さんはそれでも、「これで吸えるようになれば、それがこの子のために一番いいのよ!」と、まさに涙の特訓が


この後、ブログ主様のお子様は無事に育っていらっしゃるようで、ほっといたしました。
 
で、此処からが本題(いつも前置きながくてすみません)です。

十分なほ乳量が確保されない場合、赤ちゃんは低栄養に陥る可能性が高く、新生児期には指標の一つとして血糖値が検査されるようです。血糖は脳にとってたいへん重要なエネルギー源だから、あまりにも下がりすぎると、脳に障害を及ぼしかねません。下手をすれば命にも関わります。グルコース輸液が血糖を手っ取り早く上昇させるためには有効だと思いますが、それほど心配ない場合には非侵襲的に経口でグルコースを補うという事なのでしょう。

【赤ちゃんに必要な栄養量って?】
栄養素の必要量を知りたいときには何を読めばよいの?厚生労働省が発表している『日本人の食事摂取基準』を読めば書いてある・・・筈である。実は、大人の場合はそれでいいのだけど、乳児の場合は目安量のみであり、必要量は明記されていないのです。
日本人の食事摂取基準[2010年版]にはこのように書いてある。
推定平均必要量や推奨量を決定するための実験はできない。そして、健康な乳児が摂取する母乳の質と量は乳児の栄養状態にとって望ましいものと考えられる。このような理由から、乳児における哺乳量の積とした。

因みに、1日の哺乳量は 780 mL/日とされている。

実際上の困難を考慮し、赤ちゃんに必要な栄養素が充足されているかどうかは、体重で判断される事が多いのでしょう。

低血糖にならないで体重が増えていれば問題ないの?】
完全母乳栄養の子について考えれば、実際の哺乳量を割り出すことは容易ではありません。エネルギー源としての不足を補うために糖水を補助すれば、血糖値は回復するかも知れませんが、その他の栄養は補えません。しかし、微量栄養素の不足についてはあまり考慮されているようには見えません。糖水で補うよりもその他の栄養素に配慮した人工乳を与えた方が良いと私は思うのです。
鉄分については、本家ブログでも考察したことがあります。

【どらねこ日誌】:母子の健康と代替医療−番外編−母乳信仰と鉄欠乏

生後4ヵ月〜6ヵ月の間に母乳のみ群(EBF)と母乳+離乳食群(BF+SF)を与えられた乳児の体内鉄の状態を表したものです。この中では、貯蔵鉄の指標となる血清フェリチンに顕著に差が表れております。
元々リスクの高い児を持つ親に対し「我慢して努力を続ければ、母乳がでるようになりますよ」と「母乳代替品を与えず様子を見ましょう」という母乳指導が行われれば、不利益をもたらす可能性があるのではないかと心配されます。

その他、乳児の血中ビタミンD濃度を測定した研究では、血中濃度低値を示したものの割合が母乳のみグループでは57%を示したのに対し、混合栄養グループでは低値を示した児はいなかったという報告*1があります。
これは季節変動(冬に低くなる傾向)もあることから、母乳中のビタミンD含量が関係している事が推測されますが、哺乳量不足による発症も否定できないと思います。
冬期間に十分な授乳が出来ないときは、人工乳で補う事も重要な選択肢の一つになるのではないでしょうか。
そうそう、ビタミンDを含む食品は少ないのですが、比較的脂の多い魚に含まれていたりします。一部(?)が掲げるの良い母乳を作るための食事にありがちな、『魚は脂の多いものは控えて白身の魚を採り入れましょう』というのもちょっと考え物だと思います。

現時点では、「う〜ん」とあれこれ考えている状態で、結論はまだないですが、『完全母乳栄養』よりも『母乳を中心に据えた栄養』というのが良いのかなぁ、なんて思い始めております。
ご意見お待ちしております。

*1:Yorifuji J, Yrifuki T, Tachibana K, et al. Craniotabes in normal newborns : the earliest sign of subclinical vitamin D deficiency. J Clin Endocrinol Metab 2008; 93: 1784-8.