健康食と危険食③

※このシリーズは河内省一氏の著書や主張をとっかかりに食養やマクロビに迫っていくという予定のもの。

前回は桜澤(G)の食養を批判しつつも元の理論のダメさを理解できない河内氏の記事を紹介したが、今回からはタイトル名の著書に戻って検証してみる。

  • 平均寿命にもの申す

さて、現代医学を批判し代替医療を推奨する人には平均寿命の延伸に対し、懐疑的な見方を提示する人が多い印象だ。案外トンデモを選別するためには有用な指標かも知れない。
では、引用からどうぞ。(引用文中の強調はどらねこによる)

日本人の平均寿命(p17-18)
 最近、日本人の平均寿命が男七十五才、女八十一才にのびて世界一の長寿国になろうとしているという厚生省の発表がありました。それは進歩した医学のおかげだといわれていますが、果たしてそうでしょうか。
 日本人の平均寿命が戦後急にのびてきたのは、乳幼児の死亡率が世界で最も高い国に入っていた戦前に比べて、戦後は急速に欧米なみに減ってきたことが第一の原因です。
 その乳幼児死亡率を急減させたものこそ戦後の医学のめざましい進歩のおかげである。その主力となったものが化学療法(サルファ剤など)と抗生物質ペニシリンなど)であるというのが大方の意見であります。
 戦後の乳幼児死亡を少なくするのに医薬の進歩があずかっているのは事実でしょうが、もっと根本的で決定的な原因は別の所にかくれています。それは戦後に自由化された妊娠中絶(人工流産・ダ胎)です。毎年多くの中絶が半ば公然と行われ、そのために日本は「ダ胎王国」だと、世界中に有名になっています。
 ここに一人の百才の老人が死亡し、その隣では生まれて間もない一人の赤ん坊が死んだとします。その平均寿命は五十才ですが、生まれれば死ぬはずであったその赤ん坊を生まれる前、つまり人口統計にのらないうちに中絶すれば、平均寿命は百才です。
 また、赤ん坊の死亡の代わりに、五十才の男子が癌か心臓病で死んだとしますと、その平均寿命は七十五才というわけです。二百万が生まれていれば、そのうちの何万人かは0才から一、二才で死亡して、平均寿命をグンと押さえるのですが、死亡数に入る前に消されるのですから乳幼児の死亡率をあげたり、日本人の平均寿命を下げたりする心配はありません。これだけでも大きく平均寿命を上げますが、一人か二人の子供を大切に育てることによって、それだけでも生まれた乳幼児の死亡率は下がるはずです。
 統計というものはやり方一つで、またその数字の背景の読み方などで大変ちがった結果を示すものであります。

 なんか最近読んだことがあるぞ、コレ。なんて思っていたら、7月にブックマークした記事だったよ。
 う〜、突っ込みたい気持ちを抑えて、そちらも引用する。

がんは感謝すべき細胞です。
http://plaza.rakuten.co.jp/kennkoukamukamu/diary/200907170001/
「長寿国・日本」という幻想
今回、発表された「2008年の日本人の平均寿命」とは、2008年に生まれた赤ちゃんが平均して何歳まで生きられるか、という「平均余命」です。
つまり、「2008年の0歳児の平均余命」です。
この「平均余命」は、2007年に亡くなられたかたの「平均年齢」を算出して得られます。
「2007年に亡くなられたかた」の多くは、戦前・大正に生まれ、育ったかたがたです。
これらのかたがたが生きておられた、食生活を含めた「環境」と、2008年生まれの0歳児の「環境」とは全く違います。
ですから、生きて行く「環境」が全く違うのに、ゼロ歳児が、「先輩たち」の実績の恩恵を蒙ることは200%有り得ません。
次に具体的に精査してみます。
明治32年は約15%、少しずつ減少していって、約100年後の
平成11年は0.3%。
これは日本の乳児の死亡率です。
さて、「平均寿命」を算出してみます。
例えば、昨年に二人のかたが亡くなりました。
A 一人は100歳、もう一人のかたは2歳でした。
 今年の平均寿命は、100+2=102、102÷2=51で、51歳です。
B 一人は100歳、もう一人のかたは50歳でした。
 今年の平均寿命は、100+50=150、150÷2=75で、75歳です。
これでお分かりでしょうか。
同じように100歳までおられるかたがいらっしゃっても、乳児のうちに死んでしまうかたが多いと「平均寿命」は下がるのです。
明治32年は、約7人に一人の乳児が死んでいます。
しかし、約100年後、乳児は死ななくなり、亡くなるのは1千人に3人です。
つまり、100年経って、乳児の死亡率が著しく下がったため、統計上の「平均寿命」が著しく上がっただけです。
医学や医療の進歩?とは関係ありません。
少なくとも、明治の時代では、乳児のときに亡くなるかたが非常に多い半面、
生き残ったかたがたは、長生きしていましたが、「平均寿命」という統計上は、今に比較して「短命」であっただけです。

河内省一氏の本がネタ元かどうかまではわかんないけど、どちらもトンデモだよね。いや、河内氏の方が若干マシかも。だって医療の寄与はそれなりに認めているからね。
まずは、『がんは感謝うすべき細胞です。』からつっこむ。
とても基本的な事なんだけど、『平均余命』はその年に亡くなった人の『平均年齢』じゃあないですよね。それだと人口の年齢構成が違った場合、ちゃんと比較できないモン。当該年度の各年齢階級死亡率が同じ集団が2つあったとして、一方が高齢社会で、一方が生産年齢人口の高い集団だったらどうなると思う?まぁ、そゆことだよ。しかし、この方は今までの生活で医療の恩恵に与った事がないのかしら・・・

  • さて、本題の河内氏主張に突っ込みを入れていきましょう。

一応、医療の進歩も考慮しているみたいなんだけど、衛生と栄養も仲間に入れてよね。まぁ、それはともかく、『根本的で決定的な原因』として氏は、『人工妊娠中絶』を上げていらっしゃる。これは平均寿命に影響するモノなのだろうか。おそらく影響はあるのだとは思うが、氏の考えているような影響では無いと考えられる。そのうち、特に気になるのはこのくだりの『生まれれば死ぬはずであったその赤ん坊を生まれる前、つまり人口統計にのらないうちに中絶すれば、平均寿命は百才です。』だ。
生まれれば死ぬはずだったというのは、どういった意味なのだろうか。Gに預けてしまう望まない妊娠で生まれた子を殺してしまうという意味なのだろうか。それは殺人だと思うのだが、他の理由があるのだろうか。人工妊娠中絶が認められる理由の一つに母体の健康を著しく損なうおそれがある場合というものがあるが、優生保護法時代には本人または配偶者に精神病や遺伝性の疾患がある場合にも認められていた。この事を指しているのだとしても、出生後に多くの乳児が亡くなる主因であったのかどうかは疑わしい限りだ。
今度は資料を見て検証してみよう。
人工妊娠中絶の影響*1

これは確かにインパクトがあるなぁ。昭和30年では約117万件、昭和24年は約10万件だったわけだから、11倍以上に膨れあがったことになる。こりゃ、話題にはなるよね。中絶件数と出生数の合計を見ると、各年度ともほぼ一緒である事も重要だ。それだけ、望まない妊娠が多かったのだろう。その後、避妊法の浸透などの影響もあり、中絶件数は徐々に減少し、平成19年には約25.7万件にまで減少した。これは世界的にみても高くない数字だ。
じゃあ、このことが乳児死亡にどの程度影響をあたえたのだろうか、そういう話になってくる。もちろん、どらねこごときにきには因果関係を証明することは難しいので、参考になりそうなデータを載せてみる。
乳児死亡率の国際比較*2

氏は『乳幼児の死亡率が世界で最も高い国に入っていた戦前に比べて、戦後は急速に欧米なみに減ってきたことが第一の原因』と述べているが、コレを見る限りでは戦前に於いても乳児死亡率は中位国であった事が、伺える。また昭和25年には人工妊娠中絶はまだ少なかった筈なのに、昭和15年の乳児死亡率に比べ大きな改善を見る事ができる。重要なのはココからで、世界中からダ胎大国と呼ばれた筈の日本と比べて、乳児死亡率が低い国が存在するのはどういう事なのだろう、という話だ。昭和30年の日本の乳幼児死亡率は、中間死亡率国群に位置するわけだが、同水準の国やそれよりも低死亡率の国はなんで乳児死亡率が低くなったのか、という話になる。彼の論法なら、日本は世界有数の中絶国であるから、乳児死亡率も世界一低いという事になりそうなのだが・・・。普通に考えれば、医療や公衆衛生、栄養の向上が乳児死亡率低下の主因となるはずなのに、なんでわざわざ曲解をしたがるのだろうか?
こんなのもある
年次毎の平均寿命の伸びに対する年齢階級別死亡率低下の寄与率*3

乳児死亡の低下は勿論影響しているが、医療の向上が各年齢階級で役割を果たしている事が理解できる。若年層の結核死亡や肺炎死亡の低下の要因は主に予防接種や抗生物質などの医療によるものと考えた方が自然である。

なあんて、長々と文句をつけてきたわけだけど、実際は下の表*4だけでも十分だったりする。

明治、大正に生まれた人も戦後に生まれた人でも死亡率は一貫して減少傾向を示していることがわかる。勿論、先のことは分からないけど、短くなるとする主張にも根拠は無い。少なくとも氏の云う戦後の『ダ胎』が盛んに行われた世代も所謂団塊の世代も戦前、戦中世代に比べて明らかに低死亡率でこの時代まで生き残ってきていることがこの表からは見て取れる。
いやぁ、医療と公衆衛生の向上はホントありがたいですねぇ。

  • 今日のまとめ

氏は引用の最後にはとても良いことを述べておりました。
『統計というものはやり方一つで、またその数字の背景の読み方などで大変ちがった結果を示すものであります』
西洋医学を批判し、陰陽に基づく食養の正当性を主張したいという背景があると世間の常識とは大変ちがった結果が見えてきてしまうのですね。どらねこもマクロビ批判するときには気をつけることにするよ。教訓どうもありがとう。

*1:厚生白書昭和31年版http://wwwhakusyo.mhlw.go.jp/wpdocs/hpaz195601/b0003.html

*2:厚生白書昭和41年版:母子保健の現状http://wwwhakusyo.mhlw.go.jp/wpdocs/hpaz196601/b0253.html

*3:厚生白書昭和62年版:国民生活の変容と社会保障ニードの変化http://wwwhakusyo.mhlw.go.jp/wpdocs/hpaz198701/b0001.html

*4:厚生労働省ホームページ平成20年−人口動態統計月報年計(概数)の概況http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/geppo/nengai08/index.html