酵素栄養学ってどこまで正しいの?

PRESIDENT 2012年3月19日号 プレジデント社特別広告企画・特集の
「“酵素の有効活用”で免疫力を高める」という記事を読みました。

この記事は、酵素栄養学関連の書籍をいくつも書いている鶴見医師に酵素栄養学について教えて貰う、という形式で書かれております。
鶴見医師が開業しているクリニックにはウェブサイトもありますので、興味のある方はのぞいて見ると良いでしょう。

鶴見クリニックのサイト
ttp://www.tsurumiclinic.com/index.html

酵素とは関係ないのですが、当該ページの下の方に、アミグダリン点滴とかあって、ちょっと怖いなぁとどらねこは思いました。

■検証してみる
どらねこの周辺では最近なにかと「酵素」が話題になることが多いのですが、どうも普段仕事でおつきあいのある酵素とは違う物のようなのです。ちょっと気になったので関連する話題を記事にしたことがあるのですが、テレビで紹介される事もあり、その主張を受け入れている人も多いらしいように感じますので、再度採り上げてみようと思いました。

食品と酵素
http://d.hatena.ne.jp/doramao/20110306/1299405916
朝の生ジュースは健康に良いって本当?
http://d.hatena.ne.jp/doramao/20120625/1340615700

その例として、比較的短くまとまったこの記事を用いて、その主張の妥当性を見ていきたいと思います。詳しい内容はリンク先を参照頂くとして、大事なところは引用しながら言及していきます。


■その前提は確かですか?
鶴見院長はこう述べます。(記事中の引用は全てプレジデント広告記事からのものです)

何となく疲れやすい、肩が凝る。ご存じの方も多いと思いますが、そうした不調をもたらす原因の一つは免疫力の低下です。最近の研究では、免疫機能の8割は小腸の粘膜である腸管に存在することが明らかになりました。つまり、腸が元気だと免疫機能が向上する。そのカギを握るのが「酵素」というわけです。


免疫力ということばが最初にでてきましたが、免疫力という言葉を専門家は使用しません。これについてはこちらの記事で以前言及しましたので、興味のある方はどうぞ参照して下さい。
さて、実際に腸管免疫系は人体最大の免疫系で、それを担う免疫細胞の数も抗体も身体全体の過半数を占めているほどです。ですので、この重要性については間違い有りません。ただちょっと8割というのは話を盛りすぎですね。・・・と、油断してはいけません。最後になにやら付け加えられていますね。そうです『そのカギをにぎるのが「酵素」というわけです。』という文言がさらりと紛れ込んでおります。それなりに妥当な話をフムフムと読んで油断をしているところに、特に関係のない酵素を紛れ込ませるテクニックです。こうやって最初に堂々と書かれてしまうと、酵素が免疫と同じように大事な物なんだ、という前提で話を受け入れた状態で続きを読んでしまう事でしょう。
では、続きを見てみましょう。

しかし善玉菌が不足していると、免疫機能は十分に働くことができません。そこで腸内環境を整えるために活躍しているのが酵素酵素は消化を助け、代謝を良くするという役割をもっていますから、まさに生命活動の生成と維持に不可欠な存在であると言えます。


善玉菌のくだりは、プロバイオティクスの理論では良く聞かれる話題です。ところが、その後にさらりと「腸内環境を整えるために活躍しているのが酵素」と説明があり、酵素そのものが免疫を担う重要な物質である事を読者に印象づけることでしょう。善玉菌の不足と酵素の話に大きな飛躍がある事に気がつければ良いのですが、自信満々に語られるとそんな気持ちを持つ事は難しくなると思います。
ここまで読んだ読者は「酵素」というものは非常に大切なもので普段から不足などを気にしないとイケナイのだなぁ、という前提を受け入れてしまうことでしょう。


■そのルールは誰が決めたの?

ルール:「酵素」の浪費を抑える生活を心がける!


えっ、酵素の消費を抑えるのがルール?その根拠は?

では、どうやって酵素を増やせばいいのか? 一つは、酵素が豊富に含まれている味噌や納豆などの発酵食品や生野菜、果物から取るのがいいでしょう。これらは「食物酵素」といいます。


酵素を増やすって?えっ、いったい何?唐突すぎます。酵素というものは、必要に応じて身体がその都度作り上げるのが基本ですので、増やすとか増やさないの問題では無いはずですが・・・。もう一つおまけに、酵素が豊富に含まれているって、何と比べたのでしょうか?これも謎です。

そしてもう一つは「潜在酵素」と呼ばれる、人が生まれたときからもっている酵素です。この潜在酵素は体内でしか作ることができず、1日あたりの生産量もごくわずか。酵素は毒素の排泄、栄養の吸収や消化、古くなった細胞の再生など新陳代謝にも使われます。

「潜在酵素」という用語がいきなり登場しましたが、その用語は酵素栄養学だけで使われているものですから、他の生化学の説明に混ぜ込んで使わないで欲しいと思います。生化学や分子生物学などでは潜在酵素の存在が確認されたことがありませんし、酵素は遺伝子の塩基配列をもとに転写された情報を持ったRNAがその都度それぞれの細胞内の特定の器官(リボソーム)に到達し、直接酵素を合成するのです。ここには潜在酵素の出番はどこにもありません。なので、無いモノについて、1日あたりの生産量について論じても意味がありません

携帯電話のバッテリーは、充電を何度もくり返すうちに使用時間が短くなっていくでしょう。それと同じように、体のなかのバッテリーもしだいに劣化していく。ですから睡眠などで体を休めてしっかり酵素をチャージし、かつできるだけ温存していく工夫をすること。それが、健康維持や長命の秘訣と言えます。


というわけで、この説明も無意味です。ありもしない「潜在酵素」をチャージしたり温存することはできませんから。

ルール:「食べない」ことで体の機能回復をはかる!

えっ、次のルールは断食ですか?

排泄・吸収・代謝など、自分の生理リズムをできるだけ整えてあげること。規則的なライフスタイルを目指すことが、酵素の有効活用を促します。なかでも1日のうち、夜8時から朝4時にかけての「吸収と代謝の時間」は重要。ここで食べ過ぎてしまうと酵素は生産されるどころか、食べ物を消化するために忙しくなり、どんどん減ってしまうのです。この時間帯は、食べないのがベスト。


毎日の生活リズムを整えることは非常に大事です。本当に大事な事ですので頷いてききたいところですが、油断してはいけません。確かに、毎日定まった時間に食事をする事は消化管の負担を減らすことでしょう。それは、ヒトには概日リズムというものがありまして、食事の時間が決まっていると、その時間に消化管の酵素活性が高まる(高まりやすくなる)というものがあります。消化管が働きやすい時間に食事を摂るというのは、効率が良く消化を行う助けになると思います。しかしながら、それは酵素を節約するためでは決してありません。酵素は触媒作用という反応を進みやすくする働きを持つ物質なのですが、この触媒作用を発揮した後も別に壊れてしまわないで次々と反応を進めていくんですね。そして、消化が進んで消化管が次の場所に食べ物を送るのと一緒に運ばれていき、最後のほうでは分解されてアミノ酸になって吸収され、身体のたんぱく質として再生されるのが基本です。ようするに「酵素」が減ることについては余計な心配なんですね。
大切な話と抱き合わせにされてしまうと、受け入れてしまいそうな気持ちに傾いてしまう傾向があるように思います。自分の考えに賛同するヒトに対しては、相手の主張も同様に賛同してあげたくなるというのはごく自然な感情ではあると思います。でも、医療とか健康の関わる問題でそれをやっちゃだめですよね。


■そのオススメは本当にオススメ?
鶴見院長は酵素を上手に取り込むためのオススメ法を紹介してくれます。どんなものなのでしょうか?

ちなみに私がお薦めしているのは、水分とすり下ろした果物や野菜だけで1日を過ごすやり方。野菜や果物はすりおろすと細胞膜が破れ、閉じ込められていた酵素が解放されるため2倍〜3倍に増えるのです。週末の1日だけ実践しても、きっと効果を実感できるのではないかと思います。

元々入っていたものをすりおろすと増えるというのはちょっとよく分かりませんが、おそらく果物や野菜の液胞という組織に含まれていた酵素が細胞が壊れたことにより外に飛び出して酵素活性を示すという意味なのでしょう。しかし、すり下ろしてしまって酵素を働かせてしまって良いのでしょうか?だって、身体の中で働いてもらうためであれば、野菜や果物の細胞の中で温存しておいた方がよさそうなものでしょう。例えば、果物にはたんぱく質分解酵素が含まれている事が多いのですが、文字通りたんぱく質を分解する酵素ですから、たんぱく質である他の酵素も分解してしまうおそれがあるんですね。分解しちゃって良いのでしょうか。実際には胃酸と胃液のペプシンにより大抵の酵素は変成しちゃうので同じなんですけどね・・・

院長は「酵素」以外にも大事な事があると述べます。

──健康を保つためには適度な運動も必要だと思います。具体的にはどの程度取り組めばいいのでしょうか。
やはり、ウオーキングが手軽でスタートしやすいのではないでしょうか。目安としては、3メートルほど先を見ながら大股で1万歩、1時間続けること。血のめぐりがよくなって汗腺が開き、老廃物を排出することができます。

汗腺から老廃物が排泄されることはあまり期待できないような気がしますが、それはおいといて、運動は確かに大事だと思います。これについては同感です。ですが、院長、ちょっと適度な運動にしちゃハードル高すぎないでしょうか?
大股一歩というのはおそらく65cm~70cm程の歩幅だと考えられます。それを1時間で1万歩ですから、時速換算すれば6.5〜7.0km/h という、適度な運動にしては相当な速度だと思います。知り合いの黒猫亭さんのやたらと早いウォーキングと同じかそれ以上のスピードです。運動習慣の無い人が行う適度な運動では無いような気がします。



■おわりに
色々と言及しましたが、良さそうな話や科学的に妥当な話の中に「デタラメ」な主張を混ぜられると、専門家や人体に詳しい人でもなければ、そのオカシサに気がつくのはなかなか難しいのだろうとどらねこは考えます。
野菜たっぷり、果物でビタミンを!と聞けば、多くの方はそれはよさそうだね、と思う事でしょう。ところが、生で食べ物を口にするというのは、人体にとってたいへん負担がかかる行為なんですね。消化吸収を行う為には、加熱という調理操作はその負担をとても少なくしてくれているのです。基本は加熱調理をして消化管の負担を抑え、加熱で壊れやすいビタミンを効率よくとるために生の野菜も食べましょう、というやり方がとても理に適っているのです。生の野菜には酵素が含まれているから消化を助けるといいますが、実はオカシナはなしなのです。胃腸が弱ったときには生野菜に比べてよく煮込んだ野菜のほうが負担が少ないというのは多くの方に納得頂けるのでは無いでしょうか。消化管は野菜の酵素に頼らなくても、十分な消化酵素を分泌してるんですね。
ここまで説明をきけばある程度は納得してくれる方もいるんじゃないでしょうか。どらねこはそれに期待をしておりますが、それだけじゃなくてもっと話を聞いてみたいという方もいらっしゃるかも知れませんね。なのでネットだけでは無く、実際に直接会ってそんな疑問を解消する場もつくりたいなぁ、と考えております。

11月18日に「えるかふぇ」主催のお話し会があるのですが、そこで話す機会をつくって頂きました。この記事を読んでもっと知りたいと思った方はどうぞご参加下さい。
詳しい内容を知りたい方はリンク先をどうぞご覧下さいませ。(宣伝すみません・・・)

えるかふぇ主催「どらねこカフェ」
http://atnd.org/event/lcafedoraneko?vos=cpatnsoccap0111026001