講習会でこんなはなし聞いてきたのだけど(後編)

(この記事はどらねこ日誌2009年07月23日掲載分に加筆・修正したものです)
前回の続きです。どらねこの専門分野外についても言及しておりますので誤りがあればどうぞご指摘下さい。



■病気の原因、つきあい方


Q:予防接種には水銀が含まれており、自閉症の原因となったり、健康を損なうおそれがある事を聞きました。母乳で育った免疫力の高い子供については予防接種を打たないで自然に病気に罹って免疫を獲得した方が強い免疫がつくのだと仰っておりました。健康な子には無理をして予防接種をする必要は無いと思うのですが。



A:なるほど、確かに自然に病気に罹ればしっかりと免疫を獲得できますね。それでは麻疹(はしか)を例に筆者の考えを述べさせていただきます。
まずは水銀ですが、ワクチンを安全に保存するためにチメロサールという物質が添加される事がありますが、これが水銀を含む化合物なのですね。アメリカは日本よりも予防接種の数が多く、予防接種からの水銀摂取量が多くなるため、その安全性について様々な議論がなされたそうです。水銀中毒と自閉症の症状が似ていること、予防接種実施率と自閉症の発症数増加に相関を見た研究者が自閉症と予防接種に関連があるのでは?という仮説を発表しましたが、これが今現在も話題になるのですね。世界保健機関(WHO)のワクチン安全性委員会の見解では両者には因果関係を示す証拠はないとし、副作用のリスクよりも、予防接種の効果は遥かに大きいのだと発表しました。
そうはいっても、水銀摂取は少ない方が良いと考えるのは当然ですよね。現在のワクチンは低水銀化、もしくはチメロサールをなるべく使わないようにする方向に向かっております。
次に麻疹を考えてみましょう。麻疹は戦後まもなくは毎年数千人単位が死亡する重大な感染症の一つでした。現在は10人〜30程度の死亡者数となっております。これだけ減らすことができた背景には衛生状態、医療体制、栄養状態の向上などがありますが、その中でも予防接種の貢献は大きいものと私は思います。国立感染症研究所感染症情報センターが公表する資料を読みますと、麻疹感染者の多くは予防接種を行っていなかった人であることが見えてきます。


http://:title=国立感染症研究所感染症情報センター:麻疹2008年より
患者は男6,426人、女4,581人と男性が多く、年齢分布は、0〜1歳と15〜16歳に2つのピークがあり、0〜1歳と8〜27歳で各年齢 200人以上の報告があった。ワクチン接種歴は、未接種4,910人、1回接種2,933人、2回接種131人、不明3,033人であった。0歳児はほとんど未接種者であった



もちろん、副反応などのを心配する気持ちもわかりますが、麻疹は死ぬおそれもある重篤な疾患です。副作用よりも実際に罹った場合の危険性が遥かに大きいと考えられます。
では、感染をしても大丈夫だと彼らが主張する健康な子供については接種する必要が本当に無いのでしょうか?これについては、引用文中にあるように0歳児予防接種未接種者の麻疹感染が多い事を考えて欲しいと思います。予防接種対象年齢に達しない0歳児の麻疹感染を予防するためにはどうしたらよいのでしょうか、それは麻疹流行の予防ですね。
自分が大丈夫ならそれで良い、これはあまりに無責任な考え方ではないでしょうか。予防接種は自分だけの為でなく、なんらかの理由で予防接種を受けたくても受けられないリスクのある人たちの感染防止にも役立つのです。是非、その事も考えていただきたいと思います。



予防接種とそれに関係する不安なことについては以下の記事で論じております。参考にして下さいね。
さらばMMRワクチンと自閉症の関係性そして残されたモノ
http://d.hatena.ne.jp/doramao/20110112/1294753587
だれがとくをするのだろう
http://d.hatena.ne.jp/doramao/20120322/1332398491




Q:電子レンジで加熱すると遺伝子をこわして死んだ食品にしてしまうそうなのです。死んだ食品からは大切な栄養を十分に吸収できなくなると聞きました。やっぱり電子レンジはつかわないほうが良いのでしょうか。あと、電子レンジは放射線をだすのでガンなどの病気の原因になるとも聞いたのですが・・・



A:この場合の遺伝子が何を指しているのかは不明ですが、DNAのことであるとすれば加熱によって確かに壊れるでしょう。しかし、それは電子レンジだから壊れてしまうというのではなく、例えば、茹でる事によっても同じように壊れてしまうでしょう。それをおそれるのであれば焼いたり煮たりする調理作業は全てダメになってしまいます。因みに人体でも膵臓で作られるヌクレアーゼという酵素によって口から食べた食品のDNAは分解*1されます。
放射線については全く心配はありません。電子レンジはマイクロ波と呼ばれる電波を発生して食品を温めるのですが、これは一般に放射線としておそれられる電離放射線ではありません。広い意味では放射線という事も出来るのですが、この理屈で言うと目に見える光やラジオの電波なども放射線になってしまいます。危険なのは電離放射線と呼ばれるx線γ線などの放射線ですので同列に語ることはとても乱暴だと思います。
このように遺伝子(DNA)が壊されることは食品をダメにする事では決してありませんし、危険な放射線を発生させる事もありません。安心して使用方法を守り電子レンジを活用してください。




■その他


Q:産科医不足が深刻だとテレビや新聞は主張していますが、これは助産院や自宅出産を増やせば問題は解決出来るそうです。昔は産婆さんしかおらず家での出産が普通で、みんな健康に生まれてきたそうです。産科という不要な医療施設をつくって、健康な妊婦を病人に仕立てあげて病院での不自然な出産したツケがいろいろなところにまわってきて子供の心の問題にも発展しているのだとおっしゃっていました。これは戦後アメリカ日本に牛乳を売り込むために母乳育児を勧める産婆が邪魔になったからこの方式を導入したのだそうです。このはなしは少し乱暴とは思いますが、なるほどと思うところもあるのですが。



A:自然は何となく良いイメージで人工はなんとなく悪いイメージ、それが影響しているのかも知れませんね。
まず、出産を医療の管理下におこうという動きは明治時代からあったようです(医制)。この規則はそのまま実施される事はなく、地方の規則が適用されたそうですが戦後アメリカ主導で突然に導入された考え方では無いことが分かります。大正年代には都市部などでは施設内出産が行われていた事も知られております。
ところで、自然なお産と不自然なお産と言いましたがコレを、『母子ともに健康が望める出産』と『リスクは高いけれど満足度の高い出産』と言い換えたらどうでしょうか?リスクの指標として妊産婦死亡率を例に挙げてみましょう。
戦争前の昭和年代では妊産婦死亡率は出生10万対200〜300程度でした。近年は一桁台で推移しており、概ね4前後*2ですね。
当時はだいたい400回に1回は死んでしまうリスクです。一人が出産する回数の多かった事も考えると自分の死も覚悟しながらの一大事であった事が想像できます。
出産はどんな方法で産むかという事よりも、母子ともに健康に無事に終わることができるのが第一ではないでしょうか? 筆者であれば、人工的であっても安全な出産を望みます。母子ともに無事な出産よりも優先される事とは何でしょうか。産科が不要な医療施設であるという言説は、それこそ無責任な発言であると私は考えます。





Q:お米の摂れない寒い地方は仕方なく麦を主食にしていて、その麦ですら水分が少なくて30%ぐらいでパサパサしているのだとか。それに対して日本の麦は水分が豊富で非常に良い小麦だからうどんやそうめんお好み焼きに向いているのだそうです。水分の少ない小麦は仕方がないからパンやパスタにしているのだと聞きました。
日本はお米の採れる豊かな国なのだからよその国の真似をしてパンやパスタを食べるのはおかしいのだそうです。パンはパサパサしているので食事中に水や牛乳が必要になりそれが健康を損ねる原因だと聞きました。ご飯は60%〜70%が水なので食事中も飲み物なしでも安心なのだそうです。保母さんが目を離している隙に園児がパンを詰まらせて死亡した事件や中学生が給食の早食い競争でコッペパンを喉に詰まらせて窒息死した事件を例として紹介しておりました。これは水分の少ない小麦を使ったパンに原因があるのだそうです。だからパンではなくお米を食べなさいという事だったのですが、そんなにパンやパスタは危険な食品なのでしょうか?




A:ちょっと聞いていて不思議に思った事があります。不勉強にして、麦の水分含量までは分からないのですが、穀物というものは長期間保存できる事がとても大切なので貯蔵するために乾燥させるのですね。ですので、小麦では10〜13%、お米で15%前後の水分量になるよう調整され保存されるのです。パンがご飯に比べて水分が少ないのはその調理法によるものです。小麦の質が悪いからではありません。パンやパスタはたんぱく質の多い小麦が向いており、うどんやすいとんにはたんぱく質量の少ない小麦粉が向いているのです。どちらが劣っている優れているという問題ではないのですね。因みにヨーロッパでもたんぱく質量の少ない軟質小麦は生産されておりますよ。
ところで、パサパサしたパンでは窒息事故がご飯よりも多いのでしょうか。
消防本部および救命救急センターを対象として、平成18年1月1日からの1年間。消防および救急センターからの事故報告のうち、原因を特定できた消防と救急の合計してみました。するとご飯は89例でパンは88例という結果になりました。ご飯はパンに比べると分母が大きいためリスクはやや低いかも知れませんが、パンもご飯もともに窒息のリスクが高い食品だと言えそうです。ご飯やパンそしてお餅は粘着性の高い食べ物です。高齢者や子供ではその危険がとても大きくなることが知られておりますので、パンだけでなくご飯も危険だと言うことを忘れずに十分な注意をしていただきたいと思います。

※データは厚生労働省発表「食品による窒息の現状把握と原因分析」を参考にしました。



■おわりに
前回、今回とQ&A方式でお送りいたしましたが、如何でしたでしょうか。このような講演会ではやさしそうであったり、熱意のある専門家とされる方が、平易な言葉で簡潔に断言をなさりますので、「あ〜なるほど〜」とつい納得してしまうんですよね。一度信用してしまうと、周りは危険ばかりと恐怖を感じてしまい、より深いところに入り込んでしまう切っ掛けとなってしまいます。こうした誤った言説でも、お金をかけたり周りの人に薦めてしまったりすると、他の方がそれはおかしいですよ、と説得しても受け入れて貰う事はとても難しくなることが知られております。(サンクコストやコミットメントと一貫性などと説明されるようなものです)
では、深みにはまる前にオカシサに気がついて貰いたいのですが、簡単でわかりやすい直観的なデタラメな説明に比べ、理路を示しての説明は、それだけで敬遠されてしまうなど受け入れて貰うのが難しかったりするように思います。
なんとか興味をもって頂きたいと思い、実際の講習会を参考としたQ&Aをつくってみたのでした。今後も、なるべく多くの方に伝わるような記事を考えていきたいと思っております。

*1:簡単に説明すると分解されてヌクレオチドになり更に分解されヌクレオシド→五炭糖、ピリミジン、プリンとなり、プリン体は尿中に排泄される

*2:厚生労働省人口動態統計で計算すると、平成22年が4.5、平成23年が3.8でした