食べ物で免疫力アップ?

風邪をひいて熱が出て・・・うーん、ちょっとやばいかも。食欲が落ちているけれど、悪化させないためにもしっかり食べて体力をつけなくちゃ! このような事がすぐに思い浮かぶほどに食べ物と健康には密接な関係があることはよく知られております。 最近ではさらに踏み込んで免疫との関係なども採り上げられる事が多くなったように感じております。今回は栄養と免疫の関係を読み物*1として書いてみたいと思います。



■ビタミン・ミネラル・微量栄養素で免疫力増強?
病気になると体力を消耗しますが、特に高熱が出た場合には激しく消耗することを私たちは経験上よく知っております。食欲が落ちていても必要な栄養をとらないと病気からの回復が遅くなってしまうと考えられるからしっかり食べましょうといわれるわけです。そのように病気からの回復に重要な役割を果たす栄養ですから、そこから一歩進んで病気の予防にも効果があるのでは?と、期待をされるようになりました。最近ではいわゆる健康食品の宣伝文句にも免疫力アップを謳うものを見かけるようになっております。ビタミンやミネラルなどのサプリメントで免疫力向上といわれて、何となく納得をしてしまうのは、このような病気の時に十分な栄養をとる事の効果を多くの方が実感をしているからだろうとどらねこは考えます。「ストレス溢れる現代社会で低下した自然治癒力を促進!」とか、「抗酸化ビタミンで免疫力アップ」というような健康食品の宣伝は世に溢れておりますが、それらはどこまで妥当なものなのでしょうか。



■そもそも免疫力って?
妥当性を探る前に、「免疫力」とはどのようなものなのかを抑えておかなければならないでしょう。しかし、早くもこの段階でどらねこはつまずいてしまいました。実は、学校でも「免疫力」という言葉を習っておりませんし、手元にあるいくつかの本を開いてもそのような用語自体が載っていないのです。こういう時はツイッターに頼るのが最近のどらねこです。それとなくツイートをしてみると、親切な専門家の方から色々と教えて頂きました(ありがとうございます)。どうやら、「免疫力」は専門用語ではなく、免疫という言葉を用いるようで、免疫力という言葉自体があやふやなもののようです。
とはいえ、専門用語ではないかも知れませんが免疫力という言葉を聞けば、相手のいわんとしている事は伝わるような気がします。免疫力は日常用いられる「抵抗力」のようなものと一般に認識されているような気がします。しかし、専門用語として存在する「免疫」という言葉に強さを表す「力」を組み合わせた事により、そのような専門的な指標が存在するのではないか?と誤解を招くおそれが「抵抗力」という言葉よりもありそうでちょっと心配です。



■何を想定しているの?
では、いわゆる健康食品の宣伝で向上が期待される「免疫力」とはどのようなものなのでしょうか? 元々明確な定義もありませんので、それぞれの業者や商品により想定している「免疫力」が違っても不思議はありませが、傾向を見ると特定の免疫指標が変化したことを「免疫力アップ」と表現しているものが多いように思います。

架空の事例:
「ミラクルワンダサプリメント?」は、ナチュラルキラー細胞の活性に関わる亜鉛を豊富に含んだ健康食品です。免疫に関わる栄養素を十分にとって免疫力アップに励みましょう。


最近の研究によりマイタケには免疫細胞を活性化させる成分が含まれている事が明らかになりました。どら食品の「マイッタK」はマイタケ抽出エキスを濃縮した健康食品です。貴方の免疫力アップのおともに!

このような例は実際に免疫機能を担う細胞が増加する(活性が上昇する)データなどを示す事で説得力を高めているようです。しかし、それらの指標がアップすることが果たして体の健康にとって望ましいことなのかという疑問もあります。



■望ましい状態とは
免疫というと、白血球とか抗体などを思い浮かべる方が多いかも知れませんが、体の免疫機能は様々な細胞や器官などが協調して働き維持されております。例えば皮膚や粘膜は外部から異物が侵入しないように表面を防御する働きもそうですし、唾液中の殺菌作用を持つ物質やRNAを分解する酵素なども免疫に含まれます。
様々な免疫を担う細胞や器官が調和して働く事で、体はその恒常性を保つように出来ているのですが、その一部が増加したり活性が強まるということは調和を乱してしまうおそれもあることでしょう。ごく普通の健康状態がいわゆる免疫力が保たれた状態であると考えて良いのだとどらねこは思います。



■免疫機能を支える栄養
特定の栄養素を大量にとって免疫力を・・・という考えは望ましくないと述べましたが、体の免疫機能を維持するために栄養素の十分な摂取は不可欠です。まず、胎児期〜幼児期にかけてエネルギーとたんぱく質が極度に不足した状況(PEM)に晒される事で、将来にわたり免疫機能を損なうリスクが高くなることが知られております。また、たんぱく質が不足すると皮膚のバリヤー機能も損なわれますので、感染リスクが高くなると予想されます。
微量栄養素も免疫機能と大きな関係があります。ビタミンではB6とEが、ミネラルでは銅、鉄、セレン、亜鉛が密接に関わる事が知られております。特に亜鉛については、欠乏により免疫を担うT細胞とB細胞の産生に関わる胸腺の働きが低下するだけでなく、亜鉛を含む酵素を必要とする免疫細胞が多いことなどから免疫機能に大きな影響を及ぼす栄養素として知られております。
栄養素欠乏による免疫機能が損なわれた状態は、十分な栄養補給で回復が期待されますが、あくまで通常の状態に戻っただけであり、余分に栄養素を摂ったからといって病気にかからない体を作れるわけではありません。もしかすると悪い影響がでる可能性だってあるのです。



■過剰による問題
免疫細胞を増やし、抗酸化作用もあるビタミンEをたくさん摂って、病気にならない体をつくろうとサプリメント摂取を奨める記事を見たことがあるのですが、これももしかしたら健康を損なうおそれがあり注意が必要です。ビタミンは体に悪い影響を与えないという誤解が世間一般にあるようです。最近はビタミンEサプリメント投与により前立腺がんのリスクを高めるかもしれないという報告*2もあるからです。そもそも、抗酸化作用ときくと体に良いイメージばかりがあると思いますが、身体は必要に応じて酸化を駆使している事も忘れちゃいけないと思います。必要な酸化物まで還元されてしまう可能性もありそうですので、抗酸化物質もほどほどに・・・とどらねこは思うのです。
また、リノール酸をはじめとするn-6系の脂肪酸は体内でアラキドン酸を経て様々な生理活性物質をつくるのですが、その一つロイコトリエンは炎症反応に関わる細胞を活性化させるなど、免疫系に影響を与えます。体の外からの異物に対し、防御的に働く炎症反応は大事なものですが、それが過剰ともなれば自分の体を傷つける方向に働いてしまうおそれがあります。リノール酸の過剰摂取は喘息を持っている人にとって喘息発作を引き起こす要因になりかねません。このようなアンバランスを引き起こさないために、n-3系とn-6系(α-リノレン酸DHAなど)摂取の比率が大事であると指摘されております。



■免疫細胞や活性が高くなる事の意味
細菌やウイルスが侵入してきたときに、それらを排除するために免疫を担う細胞が作り出されたりします。病原微生物に感染し、炎症を起こしている場合などには白血球数が増加するのもこのためです。また、T細胞やB細胞という免疫系の特殊な細胞が次々と作られます。これらの産生には大きなエネルギーを必要とし、体は大きく消耗します。免疫機能を維持するために十分な栄養を必要とするゆえんなのですが、これは非常事態だから仕方がありません。ところが、特に病気でもない状態なのに、それらの細胞の増殖や活性が高いまま維持されていたらどうでしょう?非常に効率が悪いですよね。免疫機能の指標となる値は高ければ良いというものではないと、どらねこは思います。特定の免疫機能を担う因子が活性化したから免疫力アップだ、という話はあまりに短絡的すぎるのではないでしょうか。



■おわりに
健康な一般の方が「免疫力」ときいて期待をするような効果は、免疫力を高めるとされる「食品」や「サプリメント」からは得られないと考えておいた方が無難かも知れません。食べ物はあくまで栄養素が不足しないようバランス良くほどほどに食べる事が様々なリスクから身を守る賢い方略であるといえそうです。特定の成分が突出したサプリメントのような食品はなんらかの理由があって食べ物を十分に食べあれないときや、明確な欠乏状態が確認されている時に用いるぐらいで良いとどらねこは思います。
明確な根拠の無いコトバに踊らされてお金ばかりか健康までも損なってしまうことのないよう、十分に気をつけて欲しいと思います。

もし免疫力というコトバをつかうとしたら「病気を予防するために必要な感染症や公衆衛生の知識」をそう呼びたいと思うのです。

*1:読みやすさ重視と用語の絞り込みのため十分に説明できない点もあるかと思いますのでどうぞご注意下さい。

*2:http://www.acsh.org/factsfears/newsid.3519/news_detail.asp