なんとなくなんとなくのお話し



■良さそうなイメージのある食品
明確な定義は無いのだけれど「なんとなく健康に良さそうなイメージのある食品」というものがあるような気がします。
そう問われてイメージする「良さそうな食品」は人それぞれではあると思うのですが、次の図に示した食品には良いイメージを持ちやすいのではないでしょうか?

上で例にあげた食品には幾つか共通点があるのですが、気がついたでしょうか。一つは、脂肪があまり含まれていないこと。もう一つは比較的最近にその良さがうたわれるようになった、という事です。他に、食物繊維が多そうなもの、伝統的とか発酵食品などの割合が多いという傾向もありますね。
次に身体に良さそうなイメージのある食品成分の例もあげてみましょう。

身体に良さそうな食品というのは、こうした成分の摂取を期待と関係があるのかも知れませんね。あと、一度できた食品成分についての良いイメージは簡単には覆らないような印象があります。



■以前はどうだった?
さて、比較的最近と前項で書きましたが、以前の日本ではどうだったのでしょうか?
戦後しばらくは穀物からのエネルギー摂取の割合が大きく、働き盛りや成長期の子供でも麦飯にちょっとした煮物と漬け物だけの食事が当たり前の状態でした。このような時代には、先ほどの身体に良さそうな食品としてあげたようなものは、優先順位は低く、良質のたんぱく質を含む食品が身体に良い食品として奨められたわけです。例えば、「丈夫で大きな身体を作るために、お肉や魚、卵、牛乳など動物性食品を食生活に採り入れましょう」みたいな情報提供が重要だったのですね。
こうした運動の甲斐もあって、国民の栄養状態は不足から過剰にしだいにシフトして参りました。最近では、栄養過多が原因と考えられる病気が問題となってきており、肥満の原因となる食品や生活習慣病に悪影響を与えそうな食品が嫌われる傾向にあるようです。
ここで、なんとなく健康に悪そうな食品と、食品成分の例をあげておきます。


油と加工食品と砂糖が悪者になりやすいようです。


■イメージの大切さ
ここまで「なんとなく」のイメージという事で論じてきましたが、こうしたイメージ戦略というのは、全体の状況を改善させるためにはとても有効な方策だとどらねこは思うんですね。
例えば、戦後間もなくの栄養不足の状況では良質のたんぱく質摂取が課題だったわけですが、主食沢山にちょっとした煮物としょっぱい漬け物でヨシとしていた理解では解決ができないわけです。そこで、アメリカ人のような大きな身体をつくるには肉や魚も食べましょうとか、病気の予防のためにはしっかり栄養のある食べ物をとりましょう!みたいな宣伝がなされるわけですね。このイメージ戦略には細かい理屈はさほど重要で無くて、なんとなくの説得力が大事だと思います。それは食生活に深い関心を持っていない層の栄養改善が重要だからです。
こうした手法は今も昔もあまり変わっていなくて、健康に良さそうな食品のタイプが様変わりしてもその戦略は基本的には同じなわけです。
なので、【太りやすく栄養たっぷりな食品→悪】のイメージになり、【脂肪を含まず食物繊維たっぷりの食品→良】というイメージで語られる事が多いのでしょう。
しかし、こうしたイメージで行動変容をもたらすやり方は全体の改善には効果的なのですが、個別の健康問題を解決するためには不適当である事も多いのです。


■問題の多様化
全体としてみれば、エネルギーの過剰摂取や嗜好品のとりすぎなどが問題になっているように見えますが、年齢毎に考えてみると必ずしも当てはまらない層があることもわかります。
例えば、若い女性は太る事を過剰に気にする傾向があり、エネルギー摂取不足によるヤセが問題になってきています。また、高齢者の健康を考えると食欲が落ちる事による低栄養などが問題になりますので、エネルギーやたんぱく質などを効率的にとれる食品が大事になってきます。
しかし、「なんとなく健康に悪そうな」の食品にそうした栄養価の高い食品が含まれている事でそのような食品があまり良くない物だと考え、実は優先順位の高くない「なんとなく健康に良さそう」な食品を選んでしまう、なんて事も起こってくるのです。イメージ戦略は有用ですが、こうした落とし穴もある事を忘れてはいけません。


■病気の場合
さて、「なんとなくのイメージが」一番問題となるようなケースを考えてみましょう。それは、病気などの個人の健康問題に関わるケースであると思います。
「なんとなく健康に良さそうな食品や成分」は全体を対象にしたアバウトなもので、そこから外れた食生活をしている人には当てはまるものではありません。その顕著な例が「病気」を持っているような状況と考える事ができるでしょう。
例えば、腎機能が低下した状態を考えてみましょう。腎臓は血液中の不要な物質を尿として身体の外に排泄する働きを持っているのですが、その機能が低下すると身体の外に排泄する能力も低下し、特定のミネラルが身体の中に増えすぎてしまう事があります。その代表的なものにカリウムがありまして、血液中のカリウムが高くなりすぎると最悪死んでしまう事になりますので、食品からのカリウムを控えなければなりません。カリウムは生野菜をはじめ、加工していない食品に多く含まれるミネラルです。最近の風潮では「加工食品→悪い物」というイメージができつつありますし、ビタミン豊富な生野菜は良いイメージの食品ですから、それに従ってしまえば大変な結果を招きかねません。
病気など特別な状況にある個人については「なんとなくのイメージ」は通用しない、という事が共通理解になっていれば良いのですが、必ずしもそうとは謂えないような現状なのかな、そんな気がしております。
治療法が確立されていない難病や、末期のがんなどに根拠の無い食事療法や健康食品を奨めるような業者を見かけたりするのですが、その中に「なんとなく健康に良さそうなイメージ」をもたれている食品や食品成分が採り入れられているのをよく見かけます。


■食べ物は薬では無い
食べ物は薬ではありませんので、これさえ沢山食べていれば病気にならないとか、病気が治るというものではありません。そればかりか、偏った食生活はかえって身体の健康を損ないかねません。
毎日肉ばかり、ついつい早食いをしてしまい太り気味の人がたまに玄米菜食をとりいれるというのは健康に良い影響を与える可能性が高そうです。ところが、がんを患い、薬の悪影響で食欲が落ちたり、痩せてきた人が治療効果を期待して玄米菜食を採り入れるというのは全く奨められるものではありません。
ビタミンが不足している人に不足したビタミンを含む食品を食べて貰うのは大事な事でしょう。しかし、大事なビタミンであっても十分に食べている人にそれ以上薦めるのは食生活のバランスを乱しかねませんのでそんなアドバイスは不要でしょう。
どんな人にも有効な万能な食品や食事なんてものは存在しないのです。


■なんとなくの先に
なんとなく健康に良さそうだから・・・そんなイメージを利用した健康食品やダイエットなどが世の中に溢れております。これは「なんとなく健康によさそう」というイメージを用いた食教育の悪い側面だといえるでしょう。しかし、誰にでも伝わりやすいイメージの有用性は否定される物ではありません。その限界をキチンと伝える事、病気の時には当てはまらないことをハッキリと伝える事などを怠らないようにすれば良いのです。
今までの食教育ではその辺りが不足していたようにどらねこは考えます。もし、「食育」に期待するのであれば、こうしたフォローをしっかり行ってもらいたいところです。変な伝統食プッシュじゃなくて、こうした施策をすすめてくれるのであれば、どらねこも食育推進派に鞍替えしますよ。(えっ、アンタはいらないって?)