美味しんぼへの恩返し①恥も晒せば旨くなる?

(この記事はどらねこの美味しんぼ批判・検証系エントリ第一弾であり、どらねこ日誌に2009年04月21日掲載したものを加筆修正したものです)
どらねこは、料理について味は勿論ですが物性(ぶっせい)という要素もとても大切であると考えております。科学的な話もそうなのですが、日常においてもその重要性を実感することが多いからです。物性というとわかりにくいでしょうか・・・モチモチした食感とかしゃっきりぽんみたいなアレですね。
例えば、高齢者についてはパサツキのある食べものはどんなに美味しくても、喉を通らない人もいらっしゃいますし、嚥下機能が低下していれば、口の中でまとまり難い食べものは気管に誤って入っていってしまう事さえあるのです。同じゼリーでも、寒天だと口の中で砕けてしまってまとまりにくいので、気管に食べ物が入る誤嚥を起こしやすいのですが、ゼラチンゼリーだとするりと誤嚥無く食道に入って行きやすい事が知られております。
また、自閉症等の発達障害のある子については、知覚の影響からか偏食傾向が見られる事が多いのですが、同じ食べものでも切り方を変えると食べてくれる事もありますし、ペースト状やゼリー状、あるいは、カリカリに揚げると喜んでくれるなんて事も事例として知られております。
栄養摂取を目的に食べ物を食べる・・・、それは間違いではないのだけれど、あまりにも拘りすぎると見えなくなる物もあるように思います。そうした事に意識を向ける切っ掛けとなったのが美味しんぼ第33巻に収載されている「包丁のない家庭」という話でした。ダイジェストでストーリーを追ってみましょう。


■第33巻収載:包丁のない家庭より*1
(※内容をダイジェストにしており、表現等に実際の記述と異なるものがあります。どうぞご了承下さいませ。)

ぐ〜たら新聞社員山岡士郎、彼が珍しくやる気をだして気合いのこもった記事を書く。そしたら早速の大反響。もちろん悪い意味でです。

最近の若い夫婦の家庭の中に、包丁がない家庭が増えている。妻が主婦業を嫌がる結果、食事は外食か、調理ずみの物を買ってきて食べるかどちらかになり、家で調理する必要がないので包丁が姿を消す。これはニホンの食文化の大いなる危機ではないか

富井「これは女性を家庭に縛り付ける考え方だ、横暴だ。というクレームがいっぱいだ」

山岡「いや、俺はそんなこと言ってないッスよ副部長!」

さっそく誤解を解くために読者を呼んで座談会を行うことになりました。

座談会当日、集まった人々は険悪ムード、意見も全然まとまりません。

山岡「記事には大事なことがかけなかった。今から説明するからついてこい!!」

一同、板山社長のニュー銀座デパートにやってきました。まずは野菜の食べ比べ。2つの野菜を食べ比べて頂戴。一つが市販の刻み野菜です。もう一つがシェフの刻んだお野菜です。さぁどっちでしょう。

ゆう子「右のキャベツはパリパリしているのに、トマトはヘタリ気味。それと反対に左のキャベツはしんなりしているのにトマトはしゃっきり」

右の皿が市販で、左がシェフが刻んだ野菜です。

山岡「よし、次はトンカツ屋だ」

みんなの前にトンカツとお皿一杯の山盛りキャベツが運ばれました。

店員「キャベツはお変わり無料だよ。どんどんたべてね。」

山岡「くえ」

さあ、みんなキャベツを食べます。
「うほ、パリパリだ」
「歯ごたえが良いね」

山岡「味は?」

「歯ごたえは良いけど香りも味もない」
「やたらパリパリしているけど不自然だよ」

山岡「水にさらす前のキャベツと食べ比べてみなよ」

ゆう子「さらす前のキャベツはしっとり柔らかいのに、さらしたあとのキャベツはパリパリだわ」


他のみんなも栄養が抜けるは味はないわの大合唱です。そこで山岡の決め台詞が爆発です。

山岡「包丁がなくても刻み野菜を買えば、料理が出来るという説があるけれど、その刻み野菜も物によっては味も栄養も抜けた物を食べさせられることになる。ホンモノで安全な食べ物を食べようと思ったら他人任せじゃダメなんだ」

カッコイイ山岡さん。みんなも納得大団円。これでイイノダ・・・本当に良いの?コレで。


■実際に検証してみよう
わさびを鮫皮でおろしてしまうほどの信者だった子ども時代、美味しんぼに書いてあることは全部真実であると考えているほどでした。(誇張してます、スミマセン)
パリパリキャベツが大好きでしたので、どらねこはこのエピソードにショックを受けてしまいます。

「えっそんなヒドイもの食って喜んでいたの?」

と、早速、水さらしなどしないキャベツの千切りをつくって試食をしました。

「ぐはぁ、苦いよ、臭いよ山岡さん、あんた何で平気なの?」

やっぱりキャベツは水さらししたパリパリキャベツに限るなぁ例外もあるのね、と思った次第です。

しばらくこの話題を忘れていたのですが、別の件で検索中このような話を見かけました。

料理において、私たちが通常、「ピーマンの種を取る」や「千切りキャベツを水にさらす」など、正しいこと・常識だと思ってやっていることが、実は間違っているというような事例を探しています。
http://q.hatena.ne.jp/1143991804 より


美味しんぼの話が一人歩きをはじめてしまい、常識を覆す事実となってしまったのかも知れません。これは検証してみる必要がありそうです。検証*2のために自分でキャベツを切るところから始めて見ました。
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まずは、キャベツを千切りにします

切った後、水にさらして・・・

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こちらは葉っぱを洗って、そして千切り

ここでどらねこニャンポイントアドバイス「バラしたキャベツを薄く切るときは写真の様に丸めると切りやすいデスよ」
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そして別々に盛りつけました。
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イタリアンドレッシングを振って・・・まずは、さらしてない方から試食してみます。
「うん、美味しい」
ちょっとえぐいけれど、十分うまいっす。

次にさらした方を食べてみます。
「うん、美味しい!」
パリパリ食感+えぐみが抜けているぶん、ほのかな甘みも感じられて断然美味しい。

まあ、両方とも美味しいですよ。
栄養重視の人はさらさない方を食べれば良いんじゃないの?

そういえば、トンカツ屋さんではソースを掛けて食べる事が多いですよね。ソースも試してみましょう。

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まず、ソースをかけて・・・いただきまーす。

さらしてないキャベツから。
「うん、美味しいけど、独特の風味がきになるよね」
ソースは全体に絡まらないので、キャベツそのものの味がモロに伝わってきます。万人向きの味では無さそうですし、子どもには癖が強すぎるかも知れません。
次は水さらしキャベツ
まず、ソースの直接的な味が舌を刺激するのですが、咀嚼すると瑞々しいキャベツの汁がじゅわぁっとしみ出てきてソースの味に絡まります。程よく苦みのとれた汁が程よく舌の中でソースの味と調和*3して、独特の食味を形成します。さらにパリパリの食感も楽しめる分さらにお得と言えそうです。

なぜどらねこは美味しんぼと異なる結論となったのでしょうか。


■栄養こそが大事?
美味しんぼでは、食材の質や味だけでなく、料理は食感も大事であると過去に山岡は指摘しておりまして、第3巻にある和菓子の回では上質な本葛を用いた口の中で絶妙な食感を醸し出す『暖雪』というお菓子を考案しておりました。
では、この食感を生み出した本葛とはどのような食材なのでしょうか。
本葛粉は豆科植物の根茎を叩いて水にさらし、粗でんぷんを取りだし、精製を繰り返して出来上がったものです。当然、葛芋が持っていた大切な栄養素は流れ出してしまったことでしょう。
では、この精製された純度の高い葛デンプンは否定される物なのでしょうか。そんな事はありませんよね。目的が違いますから。
スジ肉で作る牛丼は、独特の臭気とゴリゴリした歯ごたえを、丁寧な下処理をすることによって素晴らしい食材に仕立て上げるというオハナシでした。みつ丼*4も実証されたオハナシですので間違いありません。茹でこぼすことで肉部分の大切な旨み成分が逃げ出してしまうじゃないですか。栄養的にはいや〜な臭いそのままに、茹でこぼさないで流し込んだ方が良いに違いありません。
これとパリパリキャベツの何処が違うというのでしょう。


■美味しさと栄養のあいだ
野菜を食べるのは栄養素摂取を期待することもありますが、美味しく食べることが重要ですよね。グルメ漫画のくせに栄養成分に過剰なまでに拘る理由がわかりません。更に味も逃げてしまうと仰っておりますが、長時間放置されたキャベツは硫黄酸化物が分解され、苦みや不快臭を放つ事があり、水にさらすことや空気に触れないようにする*5ことでその臭いや刺激に関与する物質の生成を予防できるとも考えられます。こうした調理作業は、味を逃がすよりも寧ろ風味良くキャベツを食べる工夫の一つだといえるでしょう。長時間おかない場合でも、実験でどらねこが感じたように、独特のえぐみがキャベツのもつ甘みを阻害する印象があります。これは好みの問題もありますが、一般的には好ましくない味であろうと思います。
キャベツを水さらしすることで栄養成分は失われるかも知れませんが、変わりにパリパリ食感を与え、酵素の作用を抑制しキャベツ成分の変成を防ぐ効果が期待できるでしょう。
はじめの目的は食味の食べ比べであったはずなのに栄養素が流れ出してしまうという別の評価基準を付け加えるという印象操作を行っているのです。
このオハナシで感じる不快感は、山岡のダブルスタンダードと詭弁に対してだったのだろうと思います。


■しゃっきりしなくても美味しいキャベツ
ところで業務用キャベツスライサーには恐ろしくうす〜いキャベツの千切りを作ることの出来る物があります。
普通のスライサーは機械にキャベツを押し込んで、力を込めて刃にキャベツを押しつけます。そのせいで、キャベツの切断面は細胞がつぶれ、ひしゃげてしまい、それこそ栄養成分が抜けたあげく、酵素反応もやたらに進んだ、厚さも不揃い、食感も悪い千切りになりやすいのです。対して、キャベツ専用スライサーは、キャベツの重みを利用し、するどい刃で奇麗な切断面をつくります。出来上がった千切りキャベツは『ふわぁ』と柔らか、一枚一枚が薄いので、噛んだときに苦い味が一気に広がることもありません。
同じ野菜でも、切り方や調理法、保存法で全く違った美味しさを楽しむことが出来るのですね。ホント、料理って素晴らしいです。


■結論
キャベツの千切りは水につけてパリッとさせても良いし、しんなりそのままのキャベツでも良いと思います。ようは、好みの問題でしょう。
問題提起のあり方についても疑問を呈しておきましょう。家庭で調理する事がままならない程に忙しい社会が問題なのであって、忙しい人が家庭で包丁を持てないことを責めるのはおかしな話です。食を完全に人任せにするのは調理過程の愉しさの面から考えると淋しい話ですね。だからこそ、良い商品を選別する目を養うことが大事だと思うのですね。スーパーに並んだ千切り野菜から美味しい商品を選び出すコツや美味しく調理できる方法を提案してあげましょうよ。
食べることの楽しさに気がついた人は、きっと包丁を持ってくれるはずだとどらねこは思います。

*1:画像は小学館雁屋哲 花咲アキラ美味しんぼ33巻p154-156より引用

*2:美味しんぼの官能検査がむちゃくちゃなのはもちろん、この記事で検証のために行っているとみせかけている試食も意味をなしていないことは十分承知しております。単なる演出です。

*3:大げさに書いています。実際は「ドレッシングよりも違いがわかるな」程度です

*4:http://d.hatena.ne.jp/T-3don/20090419/1240136610

*5:酵素の作用を防ぐ為の立派な工夫ですね