糖質に着目した糖尿病療養食についての個人的見解:その2


前回の続きです。→http://d.hatena.ne.jp/doramao/20120731/1343725208

低炭水化物ダイエットご用心…発症リスク高まる(2012年7月8日読売新聞)より
http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=61435&from=popin
 炭水化物を制限する食事を長期間続けると、心筋梗塞脳卒中になる危険性が高まるとの研究を、ハーバード大などのグループが英医学誌「ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル」に発表した。

という記事の元論文を読んでのどらねこの感じた事を書いてみます。


■低炭水化物ダイエットにご用心の元論文を眺めてみる
元論文*1は下記のサイトより無料で閲覧することが出来ます。
http://www.bmj.com/content/344/bmj.e4026

さて、論文を読んでと書きましたが、どらねこは統計学的な検定の妥当性などについては素人にうぶ毛が生えた程度*2ですので、その辺り解説をできる力量がありません。なので、栄養調査に関係する問題点を中心に感想を述べさせて貰います。


■これはどんな調査なのか?
これは30〜49歳のスウェーデン女性96000人に対して1991年から92年にメールにてアンケート調査を行い、回答のあった49261人を分析し、平均15.7年のフォローアップをした前向きコホート研究です。糖質摂取量や動物性たんぱく質の比により分類し、心血管疾患など幾つかの深刻な病気の発症との関係を見るというものです。


■アンケート調査であるという事
論文を読んだ限りでは、食事調査は最初のアンケート調査だけで、その後継続した調査が行われたとは書かれておりません。また、アンケート調査の概要は次のように書かれておりました。

論文の Questionnaire and dietary assessment より
Dietary intakes were assessed with a validated food frequency questionnaire, in which women recorded their frequency and quantities of consumption of about 80 food items and beverages, focusing on the six month period before their enrolment in the study. We formed 11 food groups from the food items: vegetables, legumes, fruits and nuts, dairy products, cereals, meat and meat products, fish and seafood, potatoes, eggs, sugars and sweets (all measured in g/day), and non-alcoholic everages (measured in mL/day).
Alcoholic beverages were listed in a separate category, and we calculated the amount of ethanol. On the basis of the Swedish national food administration database, we translated food consumption into macronutrient and energy intakes.

栄養素摂取量を推定する為によく用いられる食物摂取頻度調査法を採用しているのですが、追跡開始前6ヶ月間についてアンケートを行っているようです。こうした食事調査の常ですが、あくまで素人がなんとなくこれぐらい食べただろうと答えるものですから誤差がつきまといます。特にエネルギー摂取量についてはBMI高値の人ほど過小に申告する傾向があります。なので、こうした誤差が現れる事はしょうがないとして、なるべく誤差を少なくなるような良いアンケート調査票を作成することと、そうしてでてきた結果の個性を研究者が把握する事が大切なのです。
さて、このアンケート調査の結果はどれぐらい妥当なものなのでしょうか。論文のtable 2 に全体の栄養素摂取量の結果が載っているので引用します。

エネルギーが(kJ)表記になっておりわかりにくいかも知れませんので換算すると、アンケートに答えた女性の平均エネルギー摂取量は1563 kcalである事がわかります。この時点で異様に少なくないか?と疑問を持つと思います。
では、実際にどれくらいのエネルギー摂取量であれば妥当だと考えられるのでしょうか。残念ながら、どらねこの実力不足でスウェーデンの2重標識水法によるエネルギー消費量の実測データを手に入れる事が出来ませんでしたので代わりに身体データから推測を行いたいと思います。スウェーデンの1950年前後生まれ女性の身長データのある論文*3より165 cmとして、BMI22より体重60 kgとしてエネルギー推計を行います。エネルギー推計はFAOが用いている、エネルギー消費量の推定値を参考に中等度の活動係数を用い計算します。

体重60kg女性の基礎代謝量(BMR) 1380 × 活動係数 1.80 = 2484

こうしてスウェーデン女性が必要とするエネルギー量の概算ができました。この2484 kcalとアンケート調査の結果を比べてみると60%ほどしか摂取していない事になります。山岡さんではありませんが、この食事摂取頻度調査法はできそこないだよ、と異議を述べる人がいてもおかしくありません。
前提となる食事調査法がキチンと対象を把握できるものでなければ色々と台無しです。table 2を見れば、炭水化物エネルギー比は約50%ですが、捕捉できていないエネルギー摂取源の炭水化物比率が把握しているものの割合と違えば炭水化物エネルギー比で分類するという手法の妥当性に疑問がついてしまうでしょう。


■継続していたのか不明
仮に食事調査が妥当なものであったとしてもまだ問題は存在します。それは、低炭水化物食を追跡期間中に続けていたのかどうか不明だという事です。
極端な食事法というのはなかなか長期間続けられるものではありません。なので、アンケート当時は行っていたとしても調査期間中継続して行っていた人の割合はかなり少ないように感じます。長期的な影響を見た調査といいながら、半年の経験がある人の予後を見ているという可能性もあるわけです。
もう一つ、極端な低炭水化物食を導入していた人は、それ以前に色々スタンダードなダイエット法を試して失敗しようやくたどり着いた人も居るのではないでしょうか。また、所謂ダイエットにはリバウンドがつきものです。それらは心血管疾患や重大な疾病のリスクファクターであるとどらねこは思います。研究デザインはこれらの因子を除外できていないと思います。
その他、低炭水化物によるグループ分け毎のBMI提示が無い事と塩分摂取量の提示が無い事も気になりました。



■おわりに
大規模集団の追跡期間15年というコホート研究という魅力はあるものの、研究デザイン限界があり、この論文から謂える事は少ないとどらねこは思います。しかし、今までに長期的な影響を見た研究はあまり知られておりませんので、その点ではとても意義があると思います。
研究の性質とそこからいえる事はどこまでなのかという事をしっかりと把握をした上で他者に意見を述べる必要があると思います。これを以て低炭水化物食は終わりだよ、と述べる方がでてしまわないことを願います。また、安全ではないかもしれないという意味では、今までよりも慎重な姿勢で低炭水化物食を各自が心がける事も大切なのではないかな、とどらねこは思います。

次回は従来型の食品交換表を用いた低エネルギー食の問題点に言及しようと思います。

*1:Lagiou P, Sandin S, Lof M, Trichopoulos D, Adami HO, Weiderpass E. Low carbohydrate-high protein diet and incidence of cardiovascular diseases in Swedish women: prospective cohort study. BMJ. 2012 Jun 26;344:e4026. doi: 10.1136/bmj.e4026.

*2:追記になるけど、NATROMさんも書いていました。「量-反応関係もしっかりあるように見える」ということなので、群間には疾病要因となるなんらかの違いはあるのだろうなぁhttp://d.hatena.ne.jp/NATROM/00120628

*3:Silventoinen K, Lahelma E, Lundberg O, Rahkonen O. Body height, birth cohort and social background in Finland and Sweden. Eur J Public Health. 2001 Jun;11(2):124-9.