万能ないじめ対策なんてないと思う

「森口朗公式ブログ」の【この「いじめ対策」はすごい!】という記事を読んだ。
2年ほど前の記事に対して今更なのですが、自分の観測範囲で少し話題になりましたので採り上げてみます。
その中で絶賛されているとある中学校の先生が実施されているいじめ対策メソッドについて手放しで賛成できないばかりか危うさを感じたのでその辺り個人的に一番気になったところを書きます。

http://d.hatena.ne.jp/moriguchiakira/20090520よりメソッド部分のみ抜粋
1 いじめの認知は、本人、親、友人の誰からの報告であっても「この事態を心配している人から報告があった」で統一する。
2 必ず、一人の教員ではなくチームで対応する。
3 複数の加害者(大抵そうです)と複数の教員が別部屋で1対1で対応する。
4 15分後に部屋に加害者を残して教員が集合し、情報交換・矛盾点の分析を行う。
5 3・4を繰り返し追求することで、加害者に「いじめの事実」を認定させる。
6 事実を認めた加害者に対し「泣くまで」反省を迫る。
7 いじめの事実を認め、「泣くまで」反省した加害者は、通常、被害者に謝りたくなるのですが、
すぐに謝らせることはしない。
8 少なくとも一週間の時間を置いて、加害者に謝ることを許す。
9 保護者を交えて、いじめの事実を報告する。

どらねこが気になったのは、この中の「6」の部分です。勿論、「泣くまで」にもさじ加減*1はあるのでしょうが、それを差し引いてもどの学校にも奨められる良い方法とは全く思いません。
その前に一つおさえておきたいことがあります。いじめを受けた子がその事実を周囲に話す事はハードルが高いことが知られております。この理由の一つに本人のプライドというものが関係していると考えられます。いじめによる自殺は単なる逃げではない、自身の誇りを守る為の選択肢のうちの一つであると考えられます。自殺にも至らないケースでも、いじめられていても親の前では涙を流さない・・・なんて事もあります。
これは被害者だけに当てはまるものでしょうか?いじめの加害者についても同様にプライドはあります。「泣くまで」繰り返し反省を迫るとしますが、泣かなかったらどうなのでしょうか?執拗に繰り返すのでしょうか?それって拷問だと思うのですが・・・。
もう一つ問題点があります。それは「4」と「5」の手続きで間違いなく真実にたどり着ける事が可能なのかも疑問です。場合によっては数人が口裏を合わせ、加害者の中でも弱い立場のものに責任を負わすなんて事もあるかも知れません*2。教師であってもバイアスが掛かります。以前にいじめに荷担した事のある生徒、素行の悪いと先入観のある生徒に対しては予断を持って追求される可能性があります。これは捜査のプロでもある警察でも希(だと思う)に行う失敗です。
もし、「4」と「5」の手順で自分が行っていない加害行為とは違う責任追及をされたらどうでしょうか?そんなのは認めたく有りません。プライドの高い子供であれば「謝れば解放されるからいいや」ではなく、何があっても認めない!という選択をするかもしれません。プライドを守る為に自死を選んだ被害者がいるように、加害を疑われた生徒も同様に考えてもおかしくありません。もし、事実でなければその疑われた生徒は一生モノの傷を負いかねませんよ?
また、加害の事実の有無に拘わらず、「泣かす」為には「泣くまで」行うという手順はにいじめに対し、いじめで返す対応にも見えます。その結果、生徒に一生残るような、或いは取り返しのつかないような問題が起こったとしたらどうなのでしょう?それは自業自得なのでしょうか?それは教育の現場で行われる事じゃないですよね?

最後にもう一度・・・もし、それが事実誤認に基づいたものであれば本当にとんでもない事です。教師の仕事は犯罪捜査ではないと私は思います。

*1:どこの学校でもマニュアル化され簡単に実行できるようなものでは無いと思う

*2:加害者でも人気のある生徒は告発されない傾向とかもあるでしょう