栄養のお話その①

(5月12日、ビタミン、ミネラルの記述一部変更)
【背景的何か】
トンデモ健康法・食事療法や○○はカラダに効くというタイトルの本が書店に平積みになっています。栄養学や食生活について妥当な内容が書かれた本その横に数冊、目をこらして探さないと見つからないぐらいの扱いといっても良いくらい。

さて、これはヒドイ状況なのでしょうか?
直感的にヒドイと思ったから記事をかいているわけだけど、本当にヒドイ状況を表しているのだろうか、もしかしたらそれほどヒドくは無いのかも知れない。まずは、考えてみる。

『ヒドく無い可能性』
多くの方が十分な栄養学的知識を持っており、妥当な本に書かれている内容に興味はないのでニーズが無いので本屋が置く意味がないから。
反対にトンデモ健康法に興味のある人口は少ないのだが、興味のある人の殆どが購入するためトンデモ系や○○に効く系の本がある程度売れているだけ。

希望的観測だけど、こうであって欲しい・・・。
あれ、希望的観測が正しかったとしてもあの本屋に積まれている量はハンパじゃねーぞ?興味を持っている人が購入者以外に居ないとしても十分多いんじゃないの?

と、いうわけでトンデモ食事療法や○○はカラダに効く系へのカウンターとなったらいいなエントリを予定通り書くことにします。でも、どんな風に書こうかなぁ、う〜ん悩ましいです。だって何時も書くようなムツカシイ(?)表現だと、そういった方々に届かないモノね。
今まではトンデモ食事療法の問題点を個別に指摘した記事を中心に書いてきましたが、これって栄養学の基本や基礎的な医学知識があれば引っ掛かる事の無いような内容ばかりなのですよねぇ。で、実はこの栄養学の基本って、高校の家庭科の授業で習うような内容なんですよ。先日、高等学校家庭科の学習指導要領を見て驚きました(どらねこの年代だと、中高で家庭科をならっていないのです)。でも、このようにちゃんと教えられていたとすれば、トンデモ食事療法に引っ掛かる事は無くなるのでしょうか?
少しは減るかも知れませんが、そんな事はあまり無さそうですよね。
トンデモ食事療法などは、『既存の栄養学・医学などの定説には誤りがあった』とか、『大企業と政府の陰謀』といったヤリクチで誤った理解を広めようとするからね。
だから、単に確からしい栄養学をオーソドックスに伝えるだけじゃ対抗できなくて、そういったトンデモ説のヤリクチを先回りして封じ込めるような栄養学が必要なのでは?と、思ったわけ。
そろそろ、食事や栄養の事など日頃考えていることを纏めてみたいなぁ、そんな風に思っていまして、これを機会にトンデモ食事療法を意識したどらねこならではのちょっとてきとーな『栄養学的読み物』を書いてみようと思う。
実際問題、そういう文章は中学生ぐらいに示した場合、だいたいのところを理解して貰えるようなものが良いとは思うのだけど、そこまでこなれたものを書けるような技量も知識も足りないと思う。だから、とりあえずは高校生に読んで貰った場合に、ああそんなものなのかという理解が得られるようなものを目指してみたいなぁ・・・と思ったけど無理かも。

【序文的何か】
『食事は健康を維持するために必要不可欠な行為です』
現在健康に暮らしているヒトで、食事をしたことが無いというヒトは居ないと思います。また、健康には問題は無いとしても、丸一日食事が出来ないような状況は健康的とは謂えないかも知れません。それほど、食事は健康と密接な関係のある行為だと思います。
ヒトが活動するためには、エネルギーが必要で、エネルギーは自然に生まれてくることは有りませんから、食事という形で口から補給しなければなりません。これは当たり前ですね。
活動するにはエネルギーが必要なのは勿論ですが、活動するためにはエネルギーを使って動かす『体』が必要になります。その体は食事によって採り入れた物質をモトに作られることになります。
さて、ヒトが生きていくためには必要不可欠な栄養素があります。大きく分けると次の5つに分類されます。
炭水化物たんぱく質脂質無機質(ミネラル)、ビタミンです。五大栄養素なんて呼ばれたりします。

これらは、どれもヒトが生きていくために必要不可欠な物質です。
まず、簡単に説明しておくと・・・
炭水化物(糖質)純粋なエネルギー源として主に利用されますが、体の構成成分としては殆ど利用されません。
たんぱく質炭水化物とほぼ同じくらいのエネルギーを持ちますが、主に筋肉など体の構成成分として存在しますし、体の機能を調整する酵素の材料になったりもします。
脂質:エネルギー源、エネルギー貯蔵物質として働きますが、中性脂肪の構成成分である脂肪酸はプロスタグランジンなど体の調子を整える働きを持った物質に造り替えられます。
無機質:体の構成成分になったり、ホルモンやとして体の代謝を調節したり、酵素の働きを助けるのに重要な働きをしています。
ビタミン:主に補酵素として代謝の調節に働きます。

この中では、炭水化物はたんぱく質や脂質に代替可能な栄養素と呼べるかも知れませんね。炭水化物は日本人は各栄養素の中では一番多くの割合を占めているので意外かも知れませんね。中性脂肪の構成成分であるグリセロールやたんぱく質から体に必要なブドウ糖を作り出す事が出来るからですね。とは謂うものの、現実的には全く糖質を含まない食事というのは無理ですし、糖質を含まない食事はたんぱく質や脂質が過剰になってしまうので健康を維持というのは難しいでしょう。やはり、これら5つは生きていくためには必須の栄養素と考えて良いと思います。

この大切な5つの栄養素それぞれについて、どらねこなりのお話しをしていこうと思うのですけれど、その前に戦前の日本ではどのような食事が摂られていたのか、それは今とどれくらい違う物なのかを見ていこうと思います。だってトンデモ系食育話で良く聞くじゃあないですか、昔の日本の食事は健康食だった、とか欧米化で日本人の健康は大きく損なわれているとかね。もしかしたらトンデモ系だけじゃないかもしれない、和食は健康食だと述べている専門家の方も多いですのものね。和食って何だろう?考えちゃいますよね。



●第一章(?)●
【むかしの食事】
マクロビオティックのみならず、日本の伝統食こそが健康を保つ食事療法の王道であると主張する方は意外と多い。愛国心をくすぐる為だろうか?そんな健康に良いとされる伝統食だが、大昔の一般的な日本人がどのような内容の食事をどれくらい食べていたのかを知ることができるような資料は少くて、公的なものとしては明治後期から昭和初期の食料事情を記した資料が存在する(国民食糧の現状・戦前の食糧消費など)。ちょっと見てみよう。

科学技術庁:戦前の食糧消費より

明治から大正初期について計算してみると、動物性たんぱく質は3〜4g程度であり、脂質も13〜14g程度であったようだ。これって集団の平均であると思うから、肉や魚を全然食べていない人もいるんじゃないかな。まさしくマクロビオティックの食事を実践していたようなものだよね。伝統的な日本食は魚を食べていたという印象があるけど、スーパーで売っているような魚の切り身がだいたい80g位だから、当時の日本人は魚食であったといえるのかなぁ。まさに、穀食文化だね。尤も、明治から大正にかけての富国強兵政策で、民衆は困窮していたとも聞くので、この時代の食事が特に貧しかった可能性もあるけど。

さて、本題はこの時代の日本人が今よりも健康であったか否かなんだけど、普通に考えれば、当時の寿命を思い起こして、そんなことないよねー、で終わりなのだけど、生まれて直ぐに亡くなる子どもが多かったからだ!と、強弁する方もいるみたい。欧米化した食事を食べている現代人はこれから寿命が縮まるんだ!という主張もある。でも、そんな兆候は今のところ現れていないようです。
寿命はともかく、当時の穀物中心食を食べていた日本人は健康であったのかというと、やっぱりそんな事無いようで、この時期はビタミンA欠乏による夜盲症やビタミンD欠乏によるくる病などが多発していたそうだ。公衆栄養の教科書にも書いてあるし深刻だったのだろうね。ここで外すことが出来ないのが、結核脚気の問題ですね。
結核は大正から昭和初期にかけて、毎年10万人以上が死亡した国民病であったそうだ。原因は勿論、結核菌なのだけど、その蔓延には過酷な労働と低賃金による不十分な食事による低栄養が大きく影響したと分析されていますね。
もう一つの脚気は栄養素欠乏が直接的原因となった病気です。結核ほどではないけれど、脚気で命を落とした人は多く、大正から昭和初期にかけて毎年1万人以上で、多い年には2万人を超えています。これは、1910年のオリザニン発見以後のお話しなんですね。理屈が分かっているだけじゃ、病気は防げないのですね。防ぐための態勢が整っていないとダメなのです。一日あたり1 mgにも満たない必要量のビタミンB1の重要性がよく分かる事例だとおもいますが、ビタミン信仰の切っ掛けにもなったんじゃないかな。
ビタミンB1と脚気のお話は何故だか人気があって、ネット上でも事細かく解説がなされている文章をよく見かけます。なので、どらねこもちょっと書いてみたいと思います。

【ビタミンB1と玄米】
お米に含まれるビタミンB1はお米のぬかの部分に多く存在していて、精白するとその多くが失われてしまうのですね。だから、美味しい白米を主に食べるヒトを中心に欠乏症が発症して、江戸患いと呼ばれていたりしました。では、白米が中心の食生活をしている現代日本にすむ我々に脚気があまり見られないというのは何故なんだろう。
それは、ビタミンB1が別の食品から確保できているからですね。ビタミンB1を多く含む食品の代表格は豚肉でしょうね。豚肉を100gも食べれば、一日の必要量をほぼ確保できてしまうぐらいです。ここで上に掲載した戦前の食品群別摂取量を見て欲しい。穀類が主体だから、炭水化物の占める割合が多いのですが、炭水化物が多い食事では、ビタミンB1の必要量が多くなるという風に我々の体は出来ているんです。当時の食事は炭水化物に極端に偏った食事で、決まった食品ばかり食べていたから特定の栄養素欠乏が起こりやすかったのだと考えられます。土地で採れる物だけ食べていれば大丈夫という考え方(身土不二)にはこんな危険があったのだという事も覚えておいて欲しいところです。→身土不二は此方も見てね
ところで、脚気については、玄米食をしていれば健康になれる、白米が悪いんだ、という主張もなされていたりしますが、それってどうなんでしょうね。当時の食料事情で脚気を予防するのであれば、玄米を食べると良いという主張には妥当性があると思います。だっていくら美味しい白米を食べたくても、その結果脚気になってしまうのだとしたら、イヤですよね。だから、当時の玄米食にはそれなりに合理性があったと思うのです。でも、過去の厳しい時代の話を現代に持ち込んだって説得力無いですよね。だって、豚肉はそんなに高価じゃないし、しかも美味しいから。
『動物性たんぱく質が体に悪影響を与える』みたいな主張を真に受けたり、『殺生を避ける』というような理由がなければ我慢する必要はないですよね。米食で健康になれる、という主張は、ビタミンB1をはじめ、微量栄養素が十分に摂れない食事をせざるを得ない時にのみ説得力を持つのですね。

※豆知識※
戦前の脚気は夏から新米が収穫される間に多く発症したと記録されていますが、これはどうしてなのでしょう。
どらねこは、玄米保存中のビタミンB1損耗が関係しているという説を一番の理由と考えています。
玄米の保存状態とビタミンB1量の変化を調べた報告*1があるのですが、約300日の保存でどれくらいのビタミンB1が残っているのか、条件を変えた五つの群に分け比較したものです。
自然放置では、約20%しか、ビタミンB1は残存していなかったのに対し、高温湿度80%群で、50%、高温湿度30%群70%、低温湿度80%群および、低温湿度30%群が約80%という結果になりました。
この結果より、玄米中のビタミンB1は、高温高湿度環境で大きく損耗する事が予想されます。つまり、当時の保存技術では梅雨の高湿度とその後の高温状態により玄米中のビタミンB1を大きく損失させてしまったのでしょう。その為、この時期に脚気が多発した・・・のでしょう。


【今回のまとめ】
・どうやら明治から昭和初期にかけての食事は健康的な食事とはいえないみたいです。
・魚を食べる日本食は健康に良いという話も眉唾じゃない?だって昔の日本人あんまり食べていないよ?
脚気が多発したのは白米のせいだみたいな話になるけど、富国強兵政策のせいじゃね?と、いってみる。
・次回はいつになるか分からないけど、気長にまっていてね。

yu_kuboさんより、ビタミン、ミネラルの説明に誤解を招く記述があると指摘いただきました。ミネラルではALDHを、ビタミンでは補欠分子族を想定して書いておりましたが、不適切若しくは不十分な説明でありました。一部訂正いたします。

*1:ビタミン 研究のブレークスルー -発見から最近の研究まで-日本ビタミン学会編 学進出版(2002)