気持ちはわかるけど

幼い頃慣れ親しんだ風景が失われると謂うのは悲しいものだ。
ドラえもんの声優に未だに慣れる事のできない人間はその傾向がより強いのかも知れない。まぁ、そんなことないとおもうけど。
こうやって言葉を弄んでいるウチに語りたい内容が何処かへ拡散してしまうというのはいつもの事。思いつきを切り取って、瞬間焼き付けたいと思うのだけど、ペンをもって書き付けた物はまったく思い描いた風景じゃないのね。テレビの画面を静止させてみる感じというのかなぁ。これも技術なのかも知れないな。
妻から聞いた話なのだけど、先日トンデモ保育園の園長が怒っていたのだそうだ。ワクチンの話じゃなくて、沢の水の量が減ったことに腹を立てていたらしい。昔は水量豊かで、水棲昆虫も活発に泳いでいたそうなのだが、最近はトント見かけないらしい。近くの山でトンネル工事が始まった事が原因と踏んでいるそうだ。ホントかどうかはわからないけど、確かにありそうな話だと思った。それ以外にも温泉を掘ったり、井戸水を利用する施設も増えてきているので、そんな処も関連しているのかも知れない。
自分は東京出身なので、子供時分にはもう殆ど開発が進んでいて、幼い頃遊んでいた池が埋め立てられたみたいな経験は殆ど無いけど、タマに遊びに連れて行ってもらった田舎の風景が先日訪れた時には大きく変わっていて、軽い喪失感を味わった。
程度や必要性などの問題は在るとは思うし、本当は必要のない開発もあるかも知れない。でも、半分以上は皆が必要としたから行われた自然破壊で、実際問題その恩恵にあずかって生活している。
この感覚の1つに罪悪感というのだろうか、そう謂った類の感情がどらねこには存在している。どちらかといえば、ブラックに分類される猫である筈なのだが、やっぱり存在している。
善意が原動力のトンデモさんにとってはこの感覚がもしかして大きく中心に存在しているのかも知れない。
環境問題のトンデモや自然療法系の提唱者達は、善意の方達の原罪的な罪悪感情を逆手にとってその勢力を伸ばしてきたのではないだろうか。
贖宥の為に祈りを捧げる彼らに、果たして自分の声は届くのだろうか。