表現と風評と想像力と

この記事はあるフィクションを見た事が切っ掛けで書いた1つの見方、という感じです。


■その仕事のイメージは?
フィクションでもドキュメンタリーでも、表現というものは多かれ少なかれ誤解を招きかねないもので、誤解を与えてはならないみたいなのは的外れであると思うし、そんな人はいない*1と思う。とはいえ、それを誰が伝えるのか、どのように伝えるのか、主に誰が受け取るのか、どれぐらいの範囲にまで届くのかなど、与えかねない誤解に対して慎重になるべき度合いはかわって来る事でしょう。
影響力を持つメディアが流す表現については、そのなされ方によっては特定多数の人々に利益や不利益をもたらしかねないものであるというのは自明かと思います。なので公共性の高い内容や生命、人権などの関わる問題については慎重になる必要があるでしょう。
しかし、表現によって引き起こされる風評被害の程度を見積もる事が難しく、広められたイメージがどれぐらい実際と乖離しているのかも一般にわかりにくい事もあると思います。具体例としては農薬の危険性などでしょうか。
では、表現により損ねられるものがその仕事対してのイメージであればどうでしょうか?


■やる気のある人材が欲しい
やる気のあると書きましたが、このやる気というのはバリバリ働くとかじゃなくて、幾つかの選択肢がある中で敢えてその業界を選んで就職しようとする人材というような意味合いです。
どらは公共性の高い職場に勤めているのですが、そこで新人育成とか研修計画の作成などの業務も行っていたりしますので、そうした人材は大歓迎であり、今現在勤めているやる気のある人たちにもやめて欲しくないと思っております。
どんな職に就きたいのか? 学生は色々と考えて選択をするのだと思いますが、理想や夢なんかもあるし、世の中の役に立ちたいという社会的な意義みたいなものや、納得できる賃金や待遇、世間の評価などその比重は人それぞれだと思います。
夢や理想を優先したくても、その対価が生活していくうえでギリギリな賃金というのであればその仕事をあきらめる人も多くなるわけでこの部分も重要なのですが「夢や理想を抱けないからこの仕事は選択されない」という状況になってしまうとお手上げに近い状況です。


■ネガティブイメージ
賃金や労働時間、労働内容などで敬遠されがちな分野について、その社会的な意義や世間の評価などを貶めかねないような表現がフィクションとして影響力のあるメディアから流されたとしたらどうでしょう?
現状が不十分であり、それがネガティブイメージの源泉であったとしても、そこばかりを過度に採り上げ、業界全体がそのようなものであるかのように不特定多数の人に広めるというのはとても問題のある行為で看過できるものではありません。
まず、今働いている職員の視点で考えてみましょう。色々つらいことがあっても今現在やる気をもって仕事をしている職員のモチベーションが大きく下がってしまうかも知れません。今後やる気のある人がさらに集まらない、それでも頑張っている職員もやがて疲弊し辞めてしまうかも知れません。つらい条件でも頑張ってきたのに世間から冷たい目で見られるとしたらどうでしょう?
そして、そうした状況はサービスを受ける側の不利益*2にもつながります。有能で社会的意義も踏まえながら仕事をしている十分に技術・技能を持つ職員が少なくなれば、そのサービスの質は低下してしまうことでしょう。また、サービスを提供する職員も疲弊していれば余裕もなくなりサービス受給者への態度も配慮を欠いたものになりかねません。


■配慮が必要
表現の問題というのはとても難しいのですが、相手の立場にたって物事を考えるというのはフィクションをつくる上でも大切な事なのではないでしょうか?
フィクションであっても現実世界にある特定の業界や職員についてイメージを悪くするような内容についてはその表現のあり方や媒体などについても検討されて良いと思います。自分たちが作った表現はどのように受け止められるのだろうという事を、商売的な成功ばかりでなく、そこから広がる影響力などについても思いを馳せて貰いたいものです。それが流す側の責任なのではないでしょうか。


表現の自由
誰一人傷つかない表現なんて存在しない*3と思います。表現の自由というのはとても大切な物。でも、その自由は様々な自由や権利とぶつかることがあります。だから色々な立場に立ってものを考える必要があるのだと思います。

*1:いるかも知れないが

*2:議論となり、サービスのあり方として悪い部分の反省につながるのであれば良いのですが、風評になるとそうはいかないのですよね。あと、サービスの受け手もサービスに不満があるのだから問題ないという類いの論では見えてこない物も・・・というような視点も必要ですよね。

*3:不特定多数の人が見る社会的な意味合いを持つ表現で