妊娠糖尿病ってどんな食事をすれば良いの?

朝日新聞の医療サイト、アピタルに掲載された宋美玄さんの「妊娠糖尿病に対する誤解と食事療法」という記事を読みました。
http://apital.asahi.com/article/story/2013122200003.html

日本での新しい基準に照らし合わせると、全妊婦のおよそ8.5%が妊娠糖尿病に該当するのではと考えられているぐらい、頻度の高いものなのですが、その割に問題点や対応などが浸透していなかったり誤解があるようです。上記記事はその誤解などについて、丁寧にわかりやすく解説が行われており、とてもいいなぁとどらねこは感じました。妊娠を考えている方がいらっしゃいましたら、是非読んで欲しいと思います。


■栄養学的視点から語ってみる
基本的には紹介した記事だけで十分であると思うのですが、実際に食事に配慮しなければならない場合にはどうすれば良いのか?など栄養学的な視点を中心にどらねこなりに書いてみようと思います。なので変なところが細かかったりする記事ですのでご了承下さい。
まず、妊娠糖尿病(GDM)とはどんなものなのでしょうか。

【妊娠糖尿病】
妊娠中に初めて発見または発症した糖尿病にいたっていない糖代謝異常
明らかな糖尿病は妊娠糖尿病に含まれない
診断基準は75gの経口血糖負荷試験というものを行い、空腹時血糖値≧92mg/dl、1時間値≧180mg/dl、2時間値≧153mg/dl の1点以上満たすもの

どうして妊娠糖尿病が起こるのかといいますと、妊娠すると身体のブドウ糖を細胞に採り入れる働きのあるインスリンというホルモンの働きを妨げる、インスリン抵抗性というものが現れやすくなるからなんですね。このインスリン抵抗性は妊娠に伴い放出される、絨毛性ゴナドトロピン、プロゲステロンコルチゾール、プロラクチンなどホルモンの濃度上昇によるとされております。
なんでそんな事をしてくれるの良い迷惑だわプンプンみたいに思ってしまいそうですが、これらの仕組みは胎児の成長に不可欠な栄養であるブドウ糖を安定して供給するために有用な働きなんですね。血糖値が低い状態では胎児の成長が損なわれかねないからです。子供優先の身体になっているという感じでしょうか。
ところが、元々血糖が上がりやすい体質や糖尿病予備軍という状態の人では妊娠を切っ掛けに血糖が正常範囲を超えてしまうという事がある、という話なんですね。子供のための栄養供給優先も、血糖が上がりすぎれば子供にも悪影響を与えかねません。そこで、妊娠糖尿病にあった対策が必要になります。


■どんな対策が必要なの?
妊娠糖尿病を放置するとどんな問題があるのでしょうか? その代表的なものに巨大児のリスクが高くなる、というものがあります。高血糖状態が続くと胎児にブドウ糖が送られすぎて発育が進み、子供が大きくなりすぎ、経窒分娩が困難になったり、出産時の負傷などの問題が生じやすくなります。
そこで、妊娠糖尿病と診断された方には血糖コントロールを保つように説明があります。
方法としては食事療法、運動療法インスリン治療がありますが、経口血糖降下薬による治療は子供の健康に悪影響を及ぼす可能性があるので推奨されていないんですね。なので、食事療法や運動療法でもうまくコントロールできない場合にはインスリンが処方されます。インスリンと聞くとこわいものに感じられる人も多いと思いますが、適切な使用はデメリットよりもメリットが多いと考えられますので、良く医師と話し合って使用なさって欲しいと思います。


■どんな食事療法をするの?
糖尿病食というとエネルギーコントロール食(食事量減らしてバランス重視)を思い浮かべますが、基本的には食後の血糖が急上昇したり、空腹時血糖が高止まりしないような食事ができれば良いという事になります。
糖尿病だと低エネルギー(いわゆる低カロリー)食が連想されるのですが、これは肥満状態ではインスリン抵抗性が高くなり、血糖コントロールが難しくなるためで、痩せている人にさらに食事を減らしなさいという指導をするわけではありません。また、妊婦については子供の成長に必要な栄養と、妊娠による体重増加にともなうエネルギー消費量の増加分を食事から摂る必要があり、へたに食事を減らすと妊娠糖尿病による問題と同程度の不利益を母子に与えかねません。
「血糖コントロールができていれば不健康でも良い」なんて事はないのは当たり前ですよね。ですが、糖尿病なのだから節制しろとか妊産婦は太ってはイケナイという昔の考えがまだ残っている人も居るのが現実でして、食事を減らしなさいと指導される事もあるようです。特に病気のない標準体型範囲の妊婦にも体重を制限を求める話もあるぐらいですから困ったものです。もともとがやせ気味の人が太ってはイケナイと十分に食事をしない結果、生まれてくる子供が十分に体重増加出来ないで低出生体重児が増える傾向にあると考えられます。

低出生体重児が増えているという話しの過去記事
http://d.hatena.ne.jp/doramao/20120107/1325921279



■具体的にどれぐらい食べる必要があるの?
では、事例を元にどれぐらい食べる必要があるのかを見てみましょう。


※単位kcal

生活活動内容によっても大きく変わりますが、妊娠前同様の生活パターンが続く場合には、それに追加して妊娠初期+50kcal、中期で+250kcal、後期には+450kcal付加する事が推奨されます。普段2000kcalほど必要な人では妊娠後期には2450kcalほど必要になるという事です。
これはエネルギー(いわゆるカロリー、以下エネルギー)量についての話ですが、その他の栄養素も妊娠中には必要量が増えますから、何も考えずに食事量を減らしてしまえば栄養素欠乏のリスクも高くなるなど良いことはありません。


■でも食事量が増えれば血糖上昇が・・・
食事量が増えれば当然血糖は上昇しやすくなります。妊娠糖尿病で大変なのはこの部分です。なので、食事と運動だけでは対処できない場合にはインスリン療法が適用になります。
でも、待って欲しい事があります。その食事療法は本当に望ましい食事療法ですか?
というのも、妊娠糖尿病に対する食事療法を紹介している医療機関のサイトなどに載っている食事アドバイスなどにはちょっと首をひねるようなものも存在するからです。
まず代表的なものがおかしな必要エネルギー量の計算式です。
前項でどらねこが示した計算方法がエビデンスを大切にする日本人の食事摂取基準に記載されているエネルギー量なのですが、なぜか*1そうしたサイトなどでは、『標準体重×30kcal(kg)+付加量』と示されたりしているのです。これのオカシサは、個人の運動量を考慮していないという事につきます。糖尿病には運動療法が大事と同じサイトで謳いながら、安静に過ごす人のエネルギー消費量を基準にするというのはいかがなものでしょう*2。この設定で今まで通りにせかせかと働く妊婦の方は簡単にエネルギー不足となってしまいます。
他のオカシナ点もいくつか挙げてしておきましょう。

・油のすくないサッパリした献立、食材を選ぶ
・きのこ、こんにゃく、海藻など食物繊維の多い食品を採り入れよう
・油脂の多い洋食より、素材の味を活かした焼き魚、酢の物、お浸しなどの和食がおすすめ。

油については次の項で詳しく説明しますが、飽和脂肪酸の過剰摂取が問題なのであって、必要以上に節制する必要は妊娠期にはありません。また、きのこ、こんにゃくは良いのですが、海藻についてはヒジキのヒ素や昆布のヨウ素などが胎児に悪影響を及ぼすリスクを考えれば推奨される食材ではありません。


■血糖値を上げるのは糖質
では、食事量を控えずに血糖上昇を予防できる食事はあるのでしょうか?
答えは「ある程度は可能」と考える、です。
1回に食べる量が多くて食後高血糖になってしまうケースでは、食事回数を増やして1回の食事量を減らすという方法もあるでしょう。
また血糖を上昇しにくい食事内容に変更するのも1つの手です。例えば、血糖を上げやすい食材から、上昇させにくいGI(グライセミックインデックス:食品中の糖質がどれぐらい血糖上昇させやすいのかを示した指標)の低い食材に入れ替えたり、組み合わせると糖の吸収が遅くなるような食材を入れた料理に代えるのも良い事です。具体的には、ごはんはそのままでは血糖を上昇させやすいので、きのこや野菜などの食物繊維源となる食材と一緒に食べることで吸収を遅らせたり、ごはんではなく、うどんやスパゲティなどご飯よりもGIの低い主食にするのも有効です。
それでも血糖が高くなる場合であってもまだ手は無いわけではありません。それは糖質エネルギー比をやや低くするという方法です。ポイントは「やや低くする」です。
食事エネルギー量を低くする食事の利点は、同じ食事構成であれば血糖値を上げる一番の原因である糖質の摂取量が減る事*3です。しかし、食事量を減らすことは低出生体重児や必要な栄養素を不足させやすくするなど心配な点も多いのは前述した通りです。
ではどうすれば良いのでしょうか?
答えはそんなに難しいものではなくて「低エネルギー食にした時の同じぐらいの糖質量のまま、摂取エネルギーを必要量程度に設定すれば良い」です。
つまりこういう事です。

糖質エネルギー比60%で2200kcalでの糖質量はこのとおりですが・・・

なので、エネルギー制限食にすればこれぐらい減ります。でも、これでは体重増加が・・・

糖質エネルギー比50%、脂質エネルギー比30%、たんぱく質エネルギー比20%ぐらいのエネルギーバランスの食事は特に健康に悪いというようなエビデンスはありません。健康食の1つと認識されているような「地中海風食」などは概ね脂質エネルギー比は30〜40%の間ぐらいなのです。
妊娠期の食事は洋食が良くないというのは偏見による決めつけにすぎないといえるでしょう。洋食風の食事の問題点は飽和脂肪酸が多くなりやすいことや牛肉や乳製品の過剰摂取によるトランス脂肪酸増加などが考えられますが、それが判っているのであればそこに気をつければ良いのです。和食は食塩過多になりやすく、高血圧になりやすい妊娠期には奨められないなんて外国での記述があるとすれば反発をおぼえる日本人っていそうじゃないですか? つまりそういう事です。問題点を理解し、その点を気をつけるのならば和食だ洋食だと拘る必要はないんですね。
脂質エネルギー比を増やすときの注意点は、比較的脂の多い近海の小魚を多めにとることを心がける事と、乳製品は適度に抑え、1日の摂取エネルギーを増やしすぎないことです。これは守って欲しいですね。


■じゃあ糖質制限食は?
「血糖を上げなければ良いのなら、糖質が極端に少ない糖質制限食が向いているんじゃないの?」そんな風に思う人がいるかもしれません。
しかし、これは全く推奨できませんので、糖質制限食に興味のある人は是非ともおぼえておいて欲しいところです。間違っても妊娠糖尿病の人に薦めてはいけません。
人間は飢餓状態になり、十分に血糖をつくり出せないような時でも細胞にエネルギーを供給するために身体を削ってケトン体という物質をつくりだして、それを脳など重要な器官のエネルギー源として供給します。
食事制限をしたり糖質摂取量が十分でない時にはケトン体がつくられ、その状態が続けばケトン血症をひきおこす事もあります。妊娠期に血中のケトン体濃度が上昇すると、子供の精神発達に悪影響を及ぼしかねないという報告*4がありますので、糖質制限食は安全性が確認されない限り薦められないと考えて下さい。


■おわりに
残念ながら妊娠糖尿病の食事療法にはまだまだ誤解をしている人が多いというのが現状です。特に、助産院などで推奨している食事法には栄養学的な裏付けの無いものも多く見られます。
食事摂取基準を参考に食事提供量を設定している医療機関や管理栄養士の方を見つけてアドバイスを受けるのが良いのじゃないかな、という気がします。また、カーボカウント法に理解のある人に相談するのも良いのかな、とも思います。
このエントリが何らかの参考になれば幸いです。

*1:なぜかというか、日本糖尿病学会の糖尿病診療ガイドライン2013のp223に、それを基本にしましょうと書かれているのであたりまえといえば当たり前なのですけれどね。しかしながら、ガイドラインでは柔軟に扱う旨と体重増加の目標量を示しているので個別対応を臭わせてますが、そうしたサイトにはコレが基本ときっぱり書かれているきらいがある

*2:妊婦は病人じゃないんです

*3:肥満者の場合には減量によるインスリン抵抗性の改善

*4:Rizzo T, Metzger BE, Burns WJ, Burns K. Correlations between antepartum maternal metabolism and child intelligence. N Engl J Med. 1991 Sep 26;325(13):911-6.