「白砂糖は危険な魔薬?」トンデモ食育の罠

(この記事は2008年11月に今は無き旧ブログどらねこ日誌に掲載したものを元に新規に書き起こしたものです)


■砂糖の食べ過ぎやめさせたいけど
砂糖は甘くて美味しいですよね。ですけれど、食べたあとに口をゆすがなかったり、そればっかり食べれば虫歯になる危険性が高くなりそうです。また、砂糖を食べた後の満足感から食事を控えてしまえば、身体を成長させるための栄養素が十分にとれなくなってしまう可能性もある事でしょう。

何事もほどほどに・・・なのですが、美味しいがゆえについつい手が伸びてしまうわけで、子供の健康を心配する親御さんとしてはビシッと明確な理由で子供の砂糖摂取を止めたいと思うのはごく当たり前な心情なんじゃないかなと、どらねこは思います。そうしたニーズのせいか、砂糖については危険性を過剰に煽る系の言説が未だに教育現場や子育てママさんの間に出回っている現状があります。

学校で行われる食育にも、砂糖の危険性を訴える授業案が存在します。

TOSSランド「砂糖は体も心もぼろぼろにする」
http://www.tos-land.net/teaching_plan/contents/7706#

授業案「砂糖は体も心もぼろぼろにする」より
イギリスに、「マイケル」という小学生がいました。この子は、すぐに喧嘩をする子でした。兄弟や学校の友達をつねったりひっかいたりなぐったりしていました。勉強や遊び等を集中してできず、落ち着かず手が震えていました。いつもイライラして怒りっぽく、 自分の爪をよくかんでいたそうです。お母さんが心配してお医者さんに相談しました。お医者さんは、その子が毎日食べているものを調べました。すると、毎日、アイスクリーム、ケーキ、チョコレート、お菓子、甘い飲み物をご飯代わりに食べていました。お医者さんは、お母さんと相談して「甘いもの」を全く食べさせないようにしました。数週間すると、マイケルは前とは全くちがった、穏やかな「よい子」になったそうです。

関連エントリ→http://d.hatena.ne.jp/doramao/20121212/1355308178

子供を怖がらせることで食べ過ぎの歯止めになるかも知れませんが、教育の現場で栄養学的に根拠のないデタラメを教えるというのは問題があると思いますし、不必要な不安を煽り、おやつの時間を楽しめなくさせてしまうというのもどうかと思います。
今回の記事はこうした主張の中でも極端な事例を紹介し、砂糖有害論のオカシサを伝えてみたいと思います。


■真弓先生の食育冊子
一時期はてな界隈で話題になった、美健ガイド社刊の真弓先生監修食育漫画シリーズの『白砂糖は魔薬!?』引用*1しながら砂糖有害論を見ていきたいと思います。

最近イライラ気味の主人公「仁くん」カッとなって友達に暴力を振るおうとして自爆してしまいます。ママは病院に行ったら?というのですが、そんなママのほっぺも虫歯で腫れております。ケガを心配して訪問してくれた担任の先生も最近太り気味でニキビが気になるそうで、忘れ物を届けに来てくれたクラスメイトもカゼをひいてばかりだそうです。
みんなの不調の原因はいったい何? そんな時は真弓先生に相談だ!と、みんなで「真弓小児科医院」に向かいます。

p11より



「それは白砂糖の摂り過ぎだ!」


皆の不調の原因を一目で看破してしまいます。

p14より

砂糖は太るだけじゃ無くて様々な病気の原因になるんだよ、と真弓先生。こんな病気もそうなんだ〜と皆びっくりです。


そうした問題点はちゃんとデータにも現れているのだと砂糖の害が一目瞭然なグラフを示す真弓先生。


p16より

やっぱり砂糖摂取量が増えると生活習慣病で死んでしまう人は増えるのかしら・・・
と、心配してしまう前に、こうしたデータの切り取り方は特定の食べものや習慣を悪者にするようなお話しの中で使われる典型的な方法なので、こうしたデータが出てきた時にどういうところをみたら良いのかマスターしておくと良いでしょう。

一つ一つの統計そのものはおかしくなくても、関係ないデータを2つ並べたり、都合の悪い部分を切り取って貼り付けたりと、統計だから正しいだろうと考えてしまいがちな心理を利用して両者に関係があると思わせてしまうテクニックがあるのです。

この元データでいうところの生活習慣病が示す範囲は不明ですが、「悪性新生物」、「脳血管疾患」、「心臓病」を生活習慣病の死因に含めていると考えます。これらはつい数年前まで日本人の3大死因となっておりましたが、特に悪性新生物については寿命が長くなるほど、死因に占める割合が大きくなります。また、生活習慣病自体、若い人ほどその割合は少ないわけですから、人口の高齢化が起こればそれに伴い増加するのは当たり前の事です。
こうした人口構成の違いによる影響を除外するために、「年齢調整死亡率で見る」という事が行われます。逆を謂うと、こうしたグラフを示すときに年齢調整死亡率で見るグラフを持ってこない時点で「誠実でない可能性が高い」と考えてしまって良いかも知れません。

平成7年 都道府県別にみた死亡の状況 図7年齢調整死亡率(三大死因)の年次推移より


真弓先生の示したグラフで見られる昭和35年頃からの急激な上昇は、年齢調整したグラフでは見ることができませんね。つまり、砂糖摂取量と死亡率にはどうやら関係はなさそうだ、ということがわかります。

さらに、マンガで右側に示したグラフを見ると、一年間の砂糖摂取量が数百キログラム単位になっている事に気がつきます。g単位では少なすぎますし、kg単位では毎日1kgほど食べていることになりどちらにしてもオカシイですね。もう一つおまけに、2006年発行のマンガで引用されてるデータが昭和58年のものというのもちょっと古すぎますね。
このように色々とヒントがありますので、わぁ〜こわ〜いとすぐに納得してしまう前に、ちょっとびっくりするような主張については批判的に検討するクセを持っても良いと思います。



■砂糖の陰謀?
真弓先生の教えに従い、白砂糖は敵だ!もう食べないと誓った仁くん一行。そこにスイーツの魔の手が忍び寄ります。

p20より

次々とせまりくる巧妙なワナに、さっきの誓いはどこへやらママをはじめ全員が謎の美女集団(笑)スイーツの前に屈してしまいます。
砂糖を食べたことにより仁くん達は体調を崩し、真弓先生の元に駆け込みます。


p26より

さて、「スイーツ」の陰謀というのはともかく、砂糖販売を促進する団体が行う、砂糖の良さをアピールする冊子*2には行きすぎた宣伝が見られるのは確かです。「脳のエネルギー源はブドウ糖だけで、効率よく摂取できる砂糖を食べてアタマが働く」*3みたいな事を宣伝していては逆に信用を失いかねないと思います。厭くまで砂糖は嗜好品なのですから、健康に良いみたいな事を謳うのはどらねこは望ましくないと思います。
この冊子に登場する「スイーツ」はおそらくそれら団体のパロディで、だからこそ変に信憑性を与えているように思います。


つづいて砂糖の恐ろしさは、?潜在性 ?習慣性 ?増量性 にあると述べる真弓先生。そして飛び出す決めぜりふ!

p28より

p29より



なんと砂糖は化学方程式で現すことのできる薬品なのだそうだ

いや、食べものだって・・・としか謂いようがありませんが、試薬瓶を持ち出されてしまうと説得されてしまうのかも(そうか?)しれません。
というか、化学方程式ってなんぞ? 化学式ならまだわかりますが・・・というツッコミも無駄になるぐらい変なところがこの絵には存在します。

この化学方程式(?)の計算結果(?)はC12H24O10となると思うのですが、砂糖(ショ糖)の構造はブドウ糖と果糖が2つくっついたもので、両者ともC6H12O6と同じ化学式であり、これが脱水縮合という形で結びついて、この2つの合計から水のH2Oが抜けた形になるのですね。
つまり、C12H22O11がショ糖であり、真弓先生が持っている試薬は砂糖ではない別ものという事になります。
もしかしたら本当に恐ろしい魔薬である可能性*4は否定できません。だから、仁くん達は具合が悪くなってしまったのかも知れません*5
架空の物質を持ち出して危険性云々というのはいただけませんね。


■本当のところはどうなの?
本性を現したスイーツ達は真弓先生と仁くんたちを分断し、全員砂糖漬けにされてしまいます。スイーツ達が語る恐ろしい砂糖のヒミツとは?

p49、51より

危ういところで真弓先生に助けられた仁くんたち、これからはもう砂糖は食べないでごはんをよく噛むから大丈夫。これからはおにぎりがおやつだよ、めでたしめでたし・・・なの?

ここに挙げられているような有害性は、食品(食品成分)の1つとしての砂糖を日常口にする程度で現れるとはとても考えられないものです。これらについて、考察した記事がありますので、興味のある方は参照して下さい。

砂糖についてちょこっと語ってみた
http://d.hatena.ne.jp/doramao/20120608/1339122588


とはいえ、こうして詳しい解説を見なくても落ち着いて考えればオカシサに気がつくことは可能ではあります。
砂糖は何からできているといえば、ブドウ糖と果糖であり、真弓先生が推奨するような、黒砂糖やはちみつの主成分もほとんど同じです。少しだけ別の物質が含まれているから性質がまるっきり変わってしまうというのなら、砂糖を料理やお菓子に入れるのは全く問題ないと謂う事になります。そうならないで、砂糖自体がどんな使い方をしていてもダメというのは信憑性の乏しい話と判断することも可能でしょう。こうした判断を妨げてしまうようなインパクトを如何に相手に与えるのか、これが長けているからこそ、このようなトンデモがある程度広がってしまうのかも知れません。なので、簡単な話ではありません。

不安を煽る典型的なヤリ口というのを学ぶ機会をもう少し用意した方が良いのではないかと思います。
もし機会があれば、トンデモ食育マンガで学ぶ、健康不安商法の手口、みたいなカフェをやってみたいですね。モフモフっ!!

*1:真弓定夫監修 白砂糖は魔薬!? 美健ガイド社

*2:こういうのhttp://www.sugar.or.jp/book/

*3:脳のエネルギー源は基本的にはグルコースであるが、不足する場合には脂肪酸からつくられるケトン体も利用できる。また、脳による情報処理に糖質が必要とされるのは当然だが、それが砂糖である必要はなく、消化吸収の良いデンプンであってもよい

*4:実際のところ、よく性質が知られた物質でこの化学式のものはなさそうです

*5:勿論冗談だが