メタボ腹の原因は本当に朝食にあるの?

ダイヤモンドオンライン掲載のなぜ食べ過ぎていないのにお腹に肉がつくのか メタボ腹の原因は「朝ごはん」にあった!と謂う記事を読みました。
著者は笠井奈津子さんという方で、記事にもあるプロフィールを読むと、聖心女子大学文学部哲学科を卒業後、栄養士免許取得。現在、栄養士、食事カウンセラー、フードアナリストとして活躍中。との事です。活躍していないどらねこ*1とは大違いですが、それはおいといて本題にうつります。


■何が気になったのか?
大きく分けて二つの点で気になった事があります。一つ目は記事全体のテーマに関わるもので、二つ目は本文中の栄養学的な説明にいくつか不正確なものがある事です。全体のテーマに対する疑問点を本文を適宜引用しながら、個別の説明に対する問題点も指摘してみたいと思います。


■朝食に原因があるって本当?
どらねこが読み取った記事全体としての主張は「食べ過ぎていないのにお腹がぽっこりしてしまうのは、食品の選び方や食べ方に問題があるからだ、それを解消すればぽっこりお腹解消になるかも」というものです。記事のどこに疑問などを感じたのか、見ていきたいと思います。

痩せ型の人もメタボ腹になる理由
たとえば、「大好物は揚げものです。ビールも飲むし、白米も食べます。ごはんを残したらいけないと言われていたので、ラーメンの汁も残さず完食しますし、マヨネーズをかけて食べるとなんでもおいしく感じます」…そんな人のお腹がぼてっとしていても、誰も不思議には思わないだろう。
でも、朝ごはんに食べるのはシリアルと牛乳、コーヒーもしくはパンに野菜ジュース。昼は会社の近くでランチ、夜はそのときの予定次第だが、そんなにお酒を飲む方ではない…という、どちらかというと痩せ型の人が、お腹だけはぽっこり出ていただら、どう思うだろう。


この部分については、そういった人もいるだろうな、という感想は持ちます。
ところで、引用元に「メタボ腹」という言葉が出てきましたが、これってどんな意味で用いられているのでしょうか? メタボリック症候群の事を意味するのであれば、様々な代謝性疾患のリスクを高くすると考えられている内臓脂肪型肥満の事を示すはずですが、日常用いられる言葉であれば、単にお腹周りが大きくなっている状態を意味するかも知れません。しかし、筆者は専門家としての肩書きで記事を書いているわけですから、前者の意味で用いていると仮定して記事を読み進めます。


もしも、「やっぱり年をとったから仕方ないな〜」と思っていたら、そのもったいない考えは捨ててしまおう。これもまた、食べ方に原因がある。それはなにかというと、パターン化している朝食の内容だ。このように、朝に食べるのが火を使わないでも食べられる料理ばかりだったら要注意だ。体を温めないまま1日をスタートさせると、代謝はガクンと落ちてしまう。

朝食の内容が問題であり、それは火を使わず冷たいモノばかり食べる事で代謝を落としてしまうから、脂肪がたまってしまうと謂うのが筆者の主張のようです。

でも、コーヒーは熱いじゃないか!と思うかもしれないが、コーヒーやバナナのような南国の食べものは体を冷やす性質があるともいわれている。一方、冬になると旬を迎える根菜は、身体を温める性質があるといわれているが、朝かられんこんのきんぴらや大根の煮物を食べたりするのは難しいだろう。そうしたら、せめて、いつも食べているパンに、ちょっと合わないと思っても、昨夜の味噌汁を足すくらいのフォローはしてほしい。

南国の食べ物は身体を冷やす性質があり、冬が旬の根菜は身体を温める、という話が正しい事を前提にしていますが、なぜか伝聞調です。栄養学ではそのようなカテゴリーとしての特徴は確認されておりません。少し詳しく言及した過去記事がありますので、興味のある方は参照して下さい
温める食べ物と冷やす食べ物
とはいえ、味噌汁を足すという考え自体は朝食の充実という観点からは良いと思います。

さらに、朝食にパンやシリアルしか摂っていないということは、タンパク質が1食分足りない可能性が高い。お腹をひきしめるためには筋肉が欠かせないが、その筋肉を作るのはタンパク質だ。そして、若かりし頃に身に付けた筋肉は、ただ減っただけではなく、毎日少しずつ作りかえられている。さらに、筋肉細胞は体内でもっとも脂肪を燃やしてくれる役割を負っている。つまり、毎日朝食のタンパク質が欠けていたら、引き締める素が足りていないばかりか、脂肪の燃焼効率も下がって、余計にでぷっとしたお腹になってしまう。

さて、この部分はどうでしょうか。朝食のタンパク質が不足していませんか?という指摘として考えればとても妥当なアドバイスではあると思います。しかし、その説明が妥当なものではないのが残念です。実はこの部分、話がかなりこんがらがってしまっているように思います。代謝低下の問題と、内臓や脂肪の下垂によるぽっこりの話がまぜこぜになっているんです。次の項で少し整理してみます。



■ここで解説
筆者の笠井さんは、ひきしめるタンパク質が朝食に欠乏しているのが問題と謂いますが、朝食にタンパク質を十分とれば解決するというものではありません。そもそもの前提に誤りがあるのです。
平均的日本人が食べているタンパク質量は、必要と考えられるタンパク質量に比べかなり多い事が知られております。つまり、タンパク質不足で筋肉量が維持できなくなるような人は健康な成人ではあまりいないと考えられるんですね。筋肉量が低下するのは運動量の低下によるものだと考えた方が妥当なのです。
次に代謝の問題ですが、筋肉量が多い方が基礎代謝は高くなりますが、朝食のタンパク質で筋肉低下するわけではありませんので別問題です。そこで登場するのが、食事誘導性産熱という考え方です。
【食事誘導性産熱】
食べた物を消化吸収するのにも実はエネルギーが消費されるのですが、「炭水化物」「脂質」「タンパク質」でその大きさがずいぶん違うんですね。中でもタンパク質はその割合が大きくて、摂取エネルギー量(いわゆるカロリー)の30%ほどにもなります。炭水化物の約6%、脂質の約4%に比べると格段に高い事がわかりますね。つまり、同じエネルギー量を食べるのならば、タンパク質の割合を多くした方が太りにくいという事なんですね。
そして、消化に大きなエネルギーをつかうということは余計に熱を発散することを意味します。朝にタンパク質の多い食事をすれば、身体がぽかぽかするのだとすれば、この理屈であると思います。
実は朝食について、もう一つ重要に感じている事があります。それは起床する時間です。熱を加えない朝食で済ますのは、朝の時間が足りないという事と関係があるでしょう。起きてすぐは体温が低く、活動とともに徐々に上がっていくものなのですね。そんな状態で適度なエネルギー補給をするというのが朝食の役割だと謂えるでしょう。


■なんのための対策なの?
さて、もう一度記事に戻ります。今度は太らないための食べ方について、その落とし穴の説明があります。

炭水化物や糖質を摂り過ぎれば、それはメタボ腹の世界へ飛び込んでいっているようなものだ。ビールにフライドポテトは百歩ゆずるとして、それを食べたら〆のごはんは抜く、などして、主食と芋・栗・かぼちゃのような糖質が多い野菜を摂り過ぎないようにしよう。


出だしからちょっと見逃せない記述があります。「ビールにフライドポテトは百歩ゆず」ってしまって良いのでしょうか。個人的にはビールにフライドポテトは大歓迎なのですが、メタボのお話しをしているのであれば、そこは譲れない部分なのです。メタボリック症候群では内臓脂肪に着目をしますが、中でも解毒を大きく担う肝臓への脂肪沈着は避けたいところです。脂肪肝には様々な要因がありますが、炭水化物の過剰だけでなくアルコールの多量摂取も危険因子です。いわゆるメタボを話題にするのであれば、アルコールに目をつぶり、主食を減らすという事を推奨するのはどうかなぁと、どらねこは思います。

枝豆は、名前に豆が入るのでタンパク質源として期待してしまいがちだが(実際、タンパク質も含むが)、豆と野菜の両方の栄養的特徴を持った緑黄色野菜に分類されている。100グラムあたりでみると、枝豆のタンパク質は11.5グラム、炭水化物は8.9グラム。同じように酒の肴になる、さんまのお刺身のタンパク質が18.5グラム、炭水化物が0.1グラムであることを考えると、食べ過ぎ注意、という意味が伝わりやすいだろうか。


お酒の肴にタンパク質を含む食品を!という提言はとても良いと思います。アルコール中毒などで日常的にアルコールを摂っている人にタンパク質の栄養欠乏はよく見られ、それが脂肪肝の発生リスクを高くしている事が知られております。ただし、それを考えるとフライドポテトをやめてもらい、枝豆に変えて貰った方がマシだとはおもいます。
もう一つ、重箱隅つつきになりますが、枝豆は緑黄色野菜ではありません。食品100g あたりのカロテン量が600 μg以上の野菜を緑黄色野菜と呼んでいるのですが、枝豆は生で260 μg、茹でが290 μgとその基準*2を満たしておりません。


■お腹に効く根拠は?
脂肪を燃焼させたい。そのためには○○という食品成分が良い、というような説明は健康情報などではよく見かけます。

今、意識してほしいのは、ナイアシンだ。三大栄養素代謝に関わるナイアシンはビタミンB群の一種で、コレステロール中性脂肪を分解し、脂質の代謝を促進させる働きをもっている。しかも、ナイアシンは、脂質が控えめな食材に含まれるものうれしいところ。鶏ササミや鶏胸肉、マグロやカツオが代表選手だが、まいたけやしいたけといったきのこ類に含まれる。

この記事で登場したのはナイアシンですが、説明を読むとついフムフムと頷いてしまいそうです。しかし、特定の成分を食べて身体に良いという話に対しては慎重になる必要があります。本来は効果を謳う側がそれを裏付ける根拠を提示するのが基本なのですが、こうした健康情報的記事ではリズムを損なわないように、根拠が示されないことがしばしばです。実際に根拠があるのなら良いのですが、その見分けが素人にはつきにくいと謂う事もこうした記事で誤解が広まることの一因となっているような気がします。
では、実際のところはどうなのでしょう。ナイアシンには確かに脂質代謝を改善する作用が確認されており、脂質異常症の治療にも用いられております。しかし、これは食事では摂取が難しいような高容量であり、医療として提供されるものです。
また、実際の減量効果や体型の改善についてですが効果が確認できなかったという論文*3があります。これはナイアシン単独での効果を見たものではないのですが、ケルセチンと組み合わせ、体重等に影響を与えるかどうかを調べた二重盲検無作為化プラセボ比較試験で、ケルセチン500 mg/day にナイアシン 20mg/day を組み合わせた投与群はプラセボ群に対しても体重や身体組成には影響が確認されなかったというものです

ビタミンはとても大事なモノですが、それだけで体質が改善したり痩せたりするような魔法の薬じゃないんですね。
更に、もう一つ誤った理解があります。野菜が少ない人はキノコをワンパック食べても良いとアドバイスをし、その根拠を述べている文です。

なぜならば、カロリーが多くて太っているわけではなく、野菜に多く含まれる食物繊維が少なくて太っている、というケースも多々あるからだ。

基本ですが、太るのは消費エネルギーに対して摂取エネルギーが多いからであって、それを食物繊維がチャラにするわけではありません。食物繊維の多い食品を摂る事で満腹感を持ち、結果的にエネルギー摂取量が減り、肥満の解消になるのであれば話は別です。先ほどのビタミンと同じですが、食物繊維はエネルギーをチャラにする魔法の薬ではありません。


■まとめのようなもの
加齢とともに体型が変わるのはやっぱりつらいけど、重力に負けてだんだんとお肉が下がってきてしまうモノです。体重は同じなのにお腹周りのお肉が増えてきてしまうのはその影響もあるでしょう。これは、身体のお肉のつきかたの問題で、代謝とか肥満とは違った理由でおこるものです。対策としては部分部分の筋肉を鍛えて支えるのが有効なのでしょうね。
また、加齢とともに低下する基礎代謝ですが、適度な運動でそのカーブを緩やかにするのが妥当なところです。
もう一つの所謂メタボ腹の内臓脂肪ですが、これは食事管理とアルコール制限でしっかり改善して貰いたいものです。
問題を切り分け、それぞれに合った有効な対策を行う、それが大事であるとどらねこは思います。

*1:妬みがある事は否定できないが、妬みの感情では記事は書いてません

*2:基準を満たさない野菜でも、日常摂取量の多いもの10種類が緑黄色野菜に含まれているが、その中にあるのはサヤインゲンである。

*3:Knab AM, Shanely RA, Jin F, Austin MD, Sha W, Nieman DC. Quercetin with vitamin C and niacin does not affect body mass or composition. Appl Physiol Nutr Metab. 2011 Jun;36(3):331-8. Epub 2011 May 16.