英国独立助産師事情と助産師教育に心配すること


以前、【No.57の謎】と謂う記事で言及した、助産師教育 NEWS LETTER No.57 2007. 11. 25とナンバリングのされた冊子を読んでみました。
その中に少し前に「助産師は安全?」と謂うブログで話題になっているイギリスの助産制度に関係する話が掲載されておりました。「助産院は安全?」の記事および、日本の現状と比較すると、掲載されている内容はどらねこにとって首をかしげる物でした。

助産院は安全?−何故、日本の助産師には“自然分娩至上主義”が多いのか−
http://d.hatena.ne.jp/jyosanin/20120121/1327172698



現在は第三回までアップされていますが、このシリーズではコメント欄を含めて日本と英国の助産師システムや考え方の違いなどが紹介されております。引用記事と比較すると参考になります。


■紹介文概要
引用は助産師教育 NEWS LETTER No.57 2007. 11. 25 イギリスの独立助産師活動 英国 Independent Midwives Association Caroline Baddily 監訳:天使大学 学長 近藤潤子 】より行います。

この記事は、イギリスの独立助産師協会の Caroline Baddily氏によって書かれたもので、病院での出産で酷い目に遭った、外傷的体験をした女性が独立助産師に助けを求めている件を示し、女性の持つ出産能力を信じて自然な出産を援助することが独立助産師の役割であると説明しています。独立助産師は女性と夫と向き合い、相手の話によりそい出産に際して最高の選択ができるように援助を行う旨を述べております。ところが、独立助産師が活動するにあたり、万が一問題が起こった場合に備える専門職業賠償責任保険に入る事ができない状況にあるようです。さらに無保険で助産師の仕事をすることは違法へと政府が動いていると指摘しています。

それらの指摘は妥当なものなのでしょうか?本文を引用しながら考えてみたいと思います。


■自然(?)な出産を援助

p6より
次のような場面を想像してみよう。
妊娠初期の女性から独立助産師 Independent Midwife に電話がくる。最初の子は長い難産の後、帝王切開で出産したので今回の出産におびえている。

<中略>
緊張と恐怖、疲労困憊のすえ、子宮口3cm 開大で入院した。助産師は親切だったが、忙しすぎて一緒に傍らにいることも、不安を和らげる援助もなかった。
<中略>
夫は一緒にいたが疲れていた。妻をとても気遣っていた。手を握ってはみたものの、何をして良いかわからない様子だった。助産師は夫の存在をほとんど考慮せず、他の人の目にもとまらず、なんの役にも立てず、そのうえ自分自身、恐怖を感じている夫だった。

病院での出産で辛い体験をしたと謂う女性から独立助産師に助けを求めてきたエピソードの紹介のようです。忙しく業務に追われている病院、と謂う印象が伝わってきます。

p6より
分娩は進行していったが、陣痛に耐えきれず、硬膜外麻酔に同意した。陣痛が消え、麻酔は神からの贈り物のようにさえ感じたが無痛になった今、立ったり動いたりすれば児が通過することができるように骨盤が最大限に開くという母体と児へのメッセージは伝わらなくなった。万一の場合に備えて水以外の経口摂取は禁止され、点滴補液と陣痛促進のため子宮収縮剤の投与が開始された。この時期には疲労、空腹、不安が募っている彼女の体は恐怖から生じるホルモン、カテコールアミンで充満し、分娩を円滑に進めるオキシトシンその他のホルモンの産生はほとんど止まっていたからである。

その後、経窒分娩では危険であるとの判断から、帝王切開手術が行われたと書かれているのですが、どうもこの文章には色々と違和感を持ってしうのですよね・・・。その中でもひとつ大きく気になる記述が、恐怖からカテコールアミンが分泌され云々のくだりです。これはどらねこの知識に無い話だったので、元となる知見をあたりたいのですが、論拠となる文献が示されていませんのでその線からは無理です。仕方が無いので文献検索サイトでキーワードを入れ幾つか調べましたがどらねこの調査能力では見つけることができませんでした。(もしかしたら、助産業界では常識なのでしょうか?)
しかたがないので、現在自分が持っている知識の範囲で考えてみます。カテコールアミン(アドレナリン・ノルアドレナリン等)の分泌が亢進する状況には痛みが大きく関係しております。この文章では、麻酔により痛みを感じなくなったことが書かれておりますが、麻酔無しの出産であれば強い痛みにより、当然カテコールアミンも多量に分泌されることでしょう。ここに書かれているとおりであれば、通常出産であってもオキシトシン分泌が抑制されて出産がスムーズに進まなくなる事になるはずなのですが、本当にそうなのでしょうか?どうもおかしさを感じてしまいます。

p6より
このたび、女性が助産師に援助を求めてきたので予約をとり夫婦の家庭を訪問した。最初の出産経験とそれがどれほどいまに影響しているかについて長々と訴えた。これまで夫婦の話を真剣に聞いてくれた人は誰もいなかった。夫婦は独立助産婦 Independent Midwife の援助を求めることに決め、しかも家庭分娩を希望しているが、はたしてそれは可能だろうか?

どうやら女性の事例は独立助産師が夫婦の元へ訪問し、彼女らから長々と訴えられた話だと謂う事のようです。そうして独立助産師の援助の元、家庭での出産を希望するようになったとのことです。ここまで読み進め、先ほど感じた色々な違和感の正体が見えたような気がしました。次の項目でその考えを書いてみます。


■これは誰が話したことなの?
「次のような場面を想像してみよう」と始まった文章は、架空の事例にしてはやけに生々しくあるものの、医療的な描写については、冷静な専門家の視点から書かれているようにどらねこには見えました。この文章にはいくつもの視点が混ざり合っているのです。これがあくまで医療現場に於ける問題事例の提示に過ぎないのであれば、理解できなくもないのですが、そのあと独立助産師の元に訪れた女性が語った物語であると明らかにされます。
最初の場面は、病院NHSでの出産に対する処置がいかに体だけで無く女性や夫の心に対する配慮に欠いたものであるのかを印象づけるものとなっておりますが、それが女性視点を装っている事で意図的なものであると推測されます。
出産時の医療描写は、出産を不安で迎える女性のソレではなく、専門家の視点で書かれている事がわかります。さらに、カテコールアミン云々のホルモンの分泌等の活動がさも実際に確認された事実であるかのように確定的に述べられていますが、これは誰が確認したのでしょうか?これは独立助産師の憶測に過ぎないはずです。
このエピソードは「女性が語った事実」を装った、相談を受けた独立助産師の主観に基づく憶測を並べた物であるとどらねこは考えます。色々と強烈な事を書いてしまいましたが、次に進みます。


■水中出産への誘い
家庭分娩を希望する女性の相談にのる独立助産師ですが、どのような説明をしたのでしょうか?

p6より
帝王切開後の経窒分娩(VBAC)のリスクを説明し、瘢痕破裂の可能性とそれに関する資料を渡す。それによって家庭水中出産についても情報にもとづく選択(informed choice)をする。ある程度のリスクはあるが自分の家にいること、自分たちのコントロールの元にあるという利点と家庭出産のほうが正常出産を達成する可能性が高いと夫婦は理解した。

プロの判断に素人のどらねこが意見を差し挟むのはおこがましいと思いつつも、帝王切開経験者の子宮瘢痕破裂リスクが通常よりも高いことを考えれば、家庭水中出産が選択されるような説明をした事自体が理解出ません。英国では助産院がないみたいなので病院か家庭かの二択ではあると思うのですが、なぜ水中出産がでてくるのでしょうか?出血時の創部確認が難しくなるように思うのですが・・・。そして、最後の部分、「夫婦は理解した」と謂う記述が重要なのかな、と感じました。「独立助産師が」ではないところがポイントなのでしょう。

ここで助産師に対する筆者からのメッセージが挿入されます。

p6より
VBACの家庭出産に始めて立ち合う時は不安でいっぱいになるかもしれない。しかし自分の直観と女性を信じよう。彼女が見事に出産を成し遂げたとき誇りと喜びの声をあげるだろう。その後、多くの家庭VBACを経験すると次第に自信が持てるようになっていく。

「自分の直観と女性を信じよう」・・・、その直観の正しさを信じることのできないような話がここまでにいくつもでてきていいるように思いますが、本当にこれで大丈夫なのでしょうか?精神論でなんとかなるような問題ではないような。

p6-7より
助産師は、妊婦検健診を夫婦の都合にあわせて家庭で定期的に実施する。
<中略>
助産師は恐怖やコントロールできないと感じることが出産にどのように影響するかも話し合う。助産師が夫と話し合うことによって夫も参加したと感じる。彼の妻にできる最もよいサポート、背部のマッサージや、分娩中の妻に栄養分豊かな美味しい食事をつくることを説明する。いっそうリラックスして巻き込まれたと感じる夫は、助産師のすすめによって産まれる赤ちゃんを「受けとめる」ことにスリルを感じる。赤ちゃんを引っ張らないこと、産婦がいきむと赤ちゃんはつるりと水中に滑り出てくることなどを説明する。

理想だけを説明されていないか心配になる記述です。

p7より
以上が独立助産師の基本要素である。助産師は女性とそのパートナーに彼らが本当に情報を提供された上で決定できるよう共慟する。今回の出産に最良な選択が出来るように手伝うのがわれわれの仕事である。病院の規則に拘束されず、研究に基づいた情報によって導かれ、「医学モデル」から脱却し、的確な援助とふさわしい環境があるかぎり、女性に内在する出産能力を信じて働くことこそ真の解放である。

医学一辺倒では勿論困りますが、出産に最良な選択ができるためには、偏った考えや信念ばかりでも問題であると思います。出産女性の為にが、単なるお題目になってはいやしないでしょうか?


■批判は続く

p7より
イギリスの出産はもっとも安全という評判があるらしく、政府は2010年までには「分娩中の女性は1対1のケアを受け、どこで出産するかは女性が決めるとしているが、空虚な話である。
助産師不足は深刻で、政府のプランを実行するには何千人もの助産師を養成しなければならない。助産師は燃え尽き、疲労困憊し、価値を認められないと感じて病院をはなれていく。多くの助産師は仕事を愛しているが、病院の実施要領が自律した助産実践を妨げて真の助産師として働くことができないので、希望を失い離職していく。実施要綱は訴訟文化が発展するにしたがい、いっそう硬直したものとなり、さらに保険会社があたかもそれが保護であるかのように、いっそう厳しい実施要綱を要求する。

病院での助産業務では真の助産師として働けないと批判しております。更に、政府と保険会社もやり玉にあがります。ところで真の助産業務を行える独立助産師はどの程度いらっしゃるのでしょうか?

p7より
イギリスには約150人の独立助産師しかいないがIMA「独立助産師協会」を通してお互いに助け合っている。

どうやら日本の開業助産所で働く助産師数の10分の1程度しかいないようです。


更に他者への批判は続きます。

p7より
勿論今でも病院で働いている素晴らしい助産師もいるが、制約された制度のなかで女性のために最善を尽し変化を起こそうと努力している人もいるが その他の助産師は全く別の分野へ転職したり独立助産師になったりしている。病院で素晴らしい出産をした女性もいるが、悲しいことにわずかである。

病院で出産した女性の多くは素晴らしい出産では無かったと謂う趣旨の主張までしています。医療関係者だけでなく、独立助産師の元で産むことを選択しなかった女性がこれを読んだらどう思うのかなど考えないのでしょうか?もしかしたら、皆が独立助産師を選択すれば良かったと謂う感想を持つと考えているのかも知れませんが。


■苦境
こうした批判の背景には、独立助産師業界を取り巻く苦境があるように思います。

p7より
独立助産師に利用できる保険はここにはない。だから助産師と女性の間には深い信頼関係がなければならない。この状況は理想からほど遠く、独立助産師になりたいと考えている助産師の妨げになっている。政府は間もなく、「保険なしで助産師の仕事をすることは法律違反」にしようとしている。

ここに記事の最初のほうに書いた、独立助産師は専門職業賠償責任保険に入れないと謂う話が関連してきます。どうして加入できないのか?それは、出産に対する安全性を確保するための仕組みが担保されていないと保険会社が判断しているからだろうとどらねこは思います。女性の信念とか、自分たちの直観を大切にすると宣言している相手と契約をしようと考えないのは保険会社であれば極めてまっとうな判断では無いでしょうか?手順毎に統一された書式の記録(ですよね)を残し、多職種協働で万一の場合に備えるNHSと同じ権利を要求するのは筋違いであると思います。(このあたりは現地の事情に詳しい方からの誤りの指摘などありましたら助かります)

こうした視点から、p6で引用した、「家庭出産のほうが正常出産を達成する可能性が高いと夫婦は理解した」と謂う記述を眺めてみましょう。助産師のすすめに従ったでは職業保険無しではまずい事になるからではと疑ってしまいます?


■おわりに
この問題はあくまで英国の助産業界の話ですが、どうしてとらねこ日誌で採り上げたのかと謂うと、日本の助産教育に影響を持っているだろう、助産師養成を行っている大学の教授が紹介している事を問題視したからです。医療系高等教育機関の教員がほぼ主観によって書かれた文章に対して疑問を持たなかった事も心配です。また、助産教育の現場でこのような出産スタイルを望ましいと考えている人がいったいどれぐらい居るのでしょうか?
開業助産院と根拠の無い食事療法*1代替療法を薦めるような事例が知られておりますが、その原因が教育にあるとすれば、事態は深刻かも知れません。
英国の話は、現地の事情に詳しい方から情報をいただけたら嬉しいです。また、助産の専門家の方からも記事のオカシナ点などを指摘いただけたら嬉しいです。
出産育児は母子の健康が第一であるはずです。職業者の満足は二の次の筈では無いですか?関連職種の方多くで考えられたら良いな、と思います。