虐待への認識変化と善意からの侵害

随分と前なのですが、虐待の認識とその変化について書いたことがありました。
→【メモとアタマの整理
児童虐待に関連する法律は、戦前の昭和8年に制定されているのですが、当時は子どもは親の所有物である、と謂う認識が当たり前で有ることから、親が子どもへ過酷な労働を強いたり物乞いを教唆する事などが社会問題化しており、それを取り締まることに主眼をおいた法律でした。今日的にはあまり見当たらないような虐待であるように思います。
虐待と聞いて多くの方が思い浮かべるようなものでも、当時のその法律では取締の対象とならないものも多いことでしょう。では、現在の日本では虐待はどのようなものと定義されているのでしょうか。厚生労働省の『子ども虐待対応の手引き』を参考に虐待の定義などを見ていこうと思います。平成21年3月31日に改正されたものですので、現状の理解を見る資料として適していると考えられるからです。
このエントリでは定義の確認を、次回(いつになるかわかりませんが)は善意により提供される根拠のない食事療法や代替療法は虐待にあたるのか?などを考えていきたいと思います。

■子ども虐待の定義

児童虐待の防止等に関する法律(児童虐待防止法)では次のように定義されております。

第2条  この法律において、「児童虐待」とは、保護者(親権を行う者、未成年後見人その他の者で、児童を現に監護するものをいう。以下同じ。)がその監護する児童(十八歳に満たない者をいう。以下同じ。)に対し、次に掲げる行為をすることをいう。
一  児童の身体に外傷が生じ、又は生じるおそれのある暴行を加えること。
二  児童にわいせつな行為をすること又は児童をしてわいせつな行為をさせること。
三  児童の心身の正常な発達を妨げるような著しい減食又は長時間の放置その他の保護者としての監護を著しく怠ること。
四  児童に著しい心理的外傷を与える言動を行うこと。

その具体例については、『子ども虐待対応の手引き』に書かれておりますので引用いたします。

ア. 身体的虐待(第1号)
 ● 外傷とは打撲傷、あざ(内出血)、骨折、頭蓋内出血などの頭部外傷、内臓損傷、刺傷、たばこなどによる火傷など。
 ● 生命に危険のある暴行とは首を絞める、殴る、蹴る、投げ落とす、激しく揺さぶる、熱湯をかける、布団蒸しにする、溺れさせる、逆さ吊りにする、異物をのませる、食事を与えない、冬戸外に閉め出す、縄などにより一室に拘束するなど。
 ● 意図的に子どもを病気にさせる。

 など

イ. 性的虐待(第2号)
 ● 子どもへの性交、性的暴行、性的行為の強要・教唆など。
 ● 性器を触る又は触らせるなどの性的暴力、性的行為の強要・教唆など。
 ● 性器や性交をみせる。
 ● ポルノグラフィーの被写体などに子どもを強要する。

 など

ウ. ネグレクト(第3号)
 ● 子どもの健康・安全への配慮を怠っているなど。

   例えば、① 家に閉じこめる(子どもの意思に反して学校等に登校させない)、
   ② 重大な病気になっても病院に連れて行かない、
   ③ 乳幼児を家にのこしたまま度々外出する、
   ④ 乳幼児を車の中に放置するなど。
 ● 子どもにとって必要な情緒的欲求に応えていない(愛情遮断など)。
 ● 食事、衣服、住居などが極端に不親切で、健康状態を損なうほどの無関心・怠慢など。

   例えば、① 適切な食事を与えない、
   ② 下着など長期間ひどく不潔なままにする、
   ③ 極端に不潔な環境の中で生活させるなど。
 ● 親がパチンコに熱中している間、乳幼児を自動車の中に放置し、熱中症で子どもが死亡したり、誘拐されたり、乳幼児だけを家に残して火災で子どもが焼死したりする事件も、ネグレクトという虐待の結果であることに留意すべきである。
 ● 子どもを遺棄する。
 ● 祖父母、きょうだい、保護者の恋人などの同居人がア、イ又はエに掲げる行為と同様の行為を行っているにもかかわらず、それを放置する。

 など

エ. 心理的虐待(第4号)
 ● ことばによる脅かし、脅迫など。
 ● 子どもを無視したり、拒否的な態度を示すことなど。
 ● 子どもの心を傷つけることを繰り返し言う。
 ● 子どもの自尊心を傷つけるような言動など。
 ● 他のきょうだいとは著しく差別的な扱いをする。
 ● 配偶者やその他の家族などに対し暴力をふるう。

 など

なお、冊子には虐待の判断にあたっての留意点が以下のように書かれております。

「虐待の定義はあくまでも子ども側の定義であり、親の意図とは無関係です。その子が嫌いだから、憎いから、意図的にするから、虐待と言うのではありません。親はいくら一生懸命であっても、その子をかわいいと思っていても、子ども側にとって有害な行為であれば虐待なのです。我々がその行為を親の意図で判断するのではなく、子どもにとって有害かどうかで判断するように視点を変えなければなりません」

■定義を踏まえて考える
定義を眺めてみると誰が見ても明らかな虐待から、日常の中でも容易に陥りそうな虐待まで色々あると謂う印象を受けました。例えば、エの心理的虐待などは程度にもよりますが、誰しもが行ってしまいそうな事がありそうな事例が書かれているように思います。実際にどらねこも子どもの自尊心を傷つけるような言動を行ってしまったことがあります。そうして、それが悪意を以て行ったものでなくても、相手が傷ついているのであれば虐待であると認識されるものなのです。
こう考えると、私たちは知らないうちに虐待に加担してしまう可能性がある事がよく分かるでしょう。暴力や悪意が伴わない虐待が存在することが広く理解される事が求められるでしょう。しかし、このような定義に当てはまる行為を行えば即虐待と認識されるのでしょうか?その間にはグレーゾーンも存在します。虐待問題も白と黒にキッチリ分けられるものではありません。

■マルトリートメント
前述したように、虐待と謂う言葉で一括りに扱う事は不適切と考えられる事例は多く存在します。これは明らかに虐待であると考えられるものから、それほどではないけれど、無視できるようなものではないと謂うものまで様々なケースがあることでしょう。それらを一律虐待と呼ぶには無理が生じます。
そこで、北米で用いられているマルトリートメント(maltreatment)【不適切な関わり】と謂う概念を採り入れて、虐待の予防を含めて考える事が求められるようになってきました。これは虐待よりも幅広い範囲に適用できる考え方です。
マルトリートメントの程度と社会的介入の関係を図示*1すると以下のようになります。

レッドゾーン:誰の目から見ても分かるような虐待で子どもの生命や安全を確保するため公的機関が強制的に介入する事が求められるレベルです。虐待と謂う言葉はこのレッドゾーンについて使われる事が適切であると考えられます。
イエローゾーン:問題を重度・深刻化させないように各専門職が連携し、子どもの安全をみまもりつつ、親への支援を行うレベルです。
グレーゾーン:子どもの権利条約やどんな行為が子どもへの不適切な関わりになるのかを大人への教育や普及啓発運動等でマルトリートメントを予防していくレベルです。

イエローゾーンやグレーゾーンについては専門家の関わりが必要であるモノの、虐待と呼ばない配慮も同時に必要と考えられます。不適切な対応があればその場で虐待であると騒ぎ立てるのもまた、配慮のない中傷や差別を生み出す切っ掛けになりかねないからです。

■おわりに
虐待の定義やマルトリートメントの考え方について紹介しましたが、どんな感想を持ちましたでしょうか。
思ったよりも広いと感じた方もいらっしゃったのでは無いでしょうか?どらねこはそう感じました。悪意が無いこと、善意であっても虐待は虐待なんですね。人と違う事を、とか自分の拘りも子どもに対しては控えることが大事でもあります。
そして、親の立場としては、子どもの健康を守るためにも最低限知っておかなければ成らない知識があると謂う事なんですね。知らないからですまない問題も有ることでしょう。でも、何でも知っておかなければならないと謂うわけでもなく、分からないときには、専門家に相談することや国が示している指針に沿って対応したりすれば良いんですよね。善意でやっているんだから、と頑なにならないで、反対意見も吟味するような姿勢も親には求められるのかも知れません。どらねこにとってもそれは同様に難しいことです。だから、社会のバックアップがあれば本当に助かるんですよ。虐待を招きかねないような状況に親が陥らないように、そんな援助こそ、虐待予防に大切なんだと思います。
どらねこはその一環として子どもの健康に拘わる根拠のない代替療法について色々と考えていたりします。次回はそのあたりに踏み込んだ記事にしたいと思います。

*1:高橋重宏氏の著作、子ども虐待 有斐閣などを参考にしてます