夜型生活で食事誘導性熱産生は大きく低下するのか?

DITのお話しの本番は此方です。でも、激しく自己満足で専門的になっていると思います。どうぞご了承下さい。

■夜型で太る研究が紹介されていた
どらねこがこのお話しに興味を持ったのはヤクルトから発酵じゃなくて、発行されている健康冊子ヘルシスト207号を読んだ事が切っ掛けでした。ネット上でもこの記事はpdf*1で見ることができます。この中から日本栄養士会会長中村丁次氏へのインタビュー記事より引用します。

p7 より
また食事にまつわるエネルギー消費を食事誘発性熱産生(DIT)と言いますが、昨今、夜遅くに食事を摂ることが多くなり、DITの低下が懸念されています。そこで、夜型の生活とDIT、さらに肥満とが、どのような関係にあるのかといった研究も行っています。

と、中村氏は説明しているのですが、その前ページには根拠となるデータが大きな図として示されておりました。

p6の図より

この図を見る限り、夜型生活のDITは朝型と比較して25%も低い事になります。なんと、そんなに大きな違いが報告されているとは・・・。
一般にDITは摂取エネルギーの10%ほどとされておりますから、2000kcalであれば、200kcal程の消費と見込まれます。25%少ない事が示唆されているのであれば、通常の食生活に当てはめてみれば50kcalもエネルギー消費量が少なくなってしまう事を意味します。これは実験の詳細を知りたくなります。

この研究成果について、中村氏は他でも語っているのだろうかと思い、ネット検索したところ、幾つか引っ掛かってきました。どうやら、これ以前から興味を持って研究を進めていた模様です。これについて、新聞記事にもなっていたようですが、新聞記事のリンクはとぎれてしまっていたので、新聞記事を引用しているサイトから孫引きをさせてもらいます。

All About のダイエット特集『データで裏付けられた、「朝型」=痩せやすいカラダとは?』よりhttp://allabout.co.jp/gm/gc/7739/

朝型習慣を身につけるだけで、自然に痩せやすい体質に!
『朝型生活より夜型生活の方が同じ食事でも太りやすく、朝型はメタボリックシンドローム対策にもなることが大学の研究で実証的に確かめられた。』
これは、神奈川県立保健福祉大の中村丁次教授らのチームが行った実証実験で明らかになったもので、その実験内容とは次のとおり。
『女子学生18人を対象に「朝型」と「夜型」の食生活を実施。1回500キロカロリー、計3食の同じ食事を、午前7時・午後1時、同7時に食べる「朝型」。午後1時、同7時、午前1時に食べる「夜型」の生活を1日ずつ行い、食事前から食後3時間までのエネルギー消費量をDIT(食事誘発性熱産生=高いほどエネルギー消費量が多く太りにくい)で測った。』(*以上、5月26日付の産経新聞記事より抜粋)
<中略>
『調査の結果、3食分のDITの合計は、「朝型」は体重1キロ当り平均0.905キロカロリー、「夜型」が同0.595キロカロリーとなり、「朝型」のほうがエネルギー消費量が多かった。これまで夜型生活が太りやすいと経験的に知られてはいたが、データとして裏付けられたのは全国で初めてという。』

最初に引用した研究よりも前に、18人を対象とした先行研究があったようです。こちらは夜型でDITが約34%も減少しております。誌上で中村氏は夜型生活が太りやすい事がデータとして裏付けられたと述べております。
これは凄いな、是非元論文を読んでみたいと思い、検索したところ、ヘルシストで紹介されていたものはオープンになっていたのでダウンロードして読み込んでみました。

■研究を見てみる
食事時刻の変化が若年女子の食事誘発性熱産生に及ぼす影響*2

要旨より:
喫煙習慣のない健康な女子大学生(平均年齢20.5±1.2歳)33名を対象に、一律500kcalの食事を、7:00, 13:00, 19:00に摂取する朝型と、13:00, 19:00, 1:00に摂取する夜型の2種類設定し、クロスオーバー法にてDITを測定、評価した。

被験者のデータ:


実験プロトコルより:
被験者1人につき二つの生活型の実験を行った。一つは、7:00, 13:00, 19:00の3回に試験食を摂取する生活パターンであり、これを「朝型」とした。もう一つは、13:00, 19:00, 1:00の3回に試験食を摂取する生活パターンであり、これを「夜型」とした。


試験食 試験食は、コンビニエンスストアで購入した梅おにぎり1個、鮭おにぎり1個、ゆで卵1個、バナナ1本から成る1食あたり500kcalの食事とした。試験食のエネルギー比率は、たんぱく質12.6%、脂質10.5%、糖質76.9%であった。両生活型とも毎食、被験者は同じ食事内容の試験食を摂取した。


食事誘発性熱産生(DIT)の評価指標 本研究における「DIT」は、食事の影響のみを評価するために、各食前の安静時エネルギー消費量からの食後のエネルギー消費量の上昇量として示した。すなわち、「DIT」=測定時のエネルギー消費量−各食前の安静時エネルギー消費量で算出して、さらに、被験者の体格による影響をなくすために、体重当たりのDITを求めて、1分間当たりに変換した値として示した。「3時間DIT」は、食事開始から3時間のDITの曲線下面積を、台形の面積を求める公式を用いて算出した。
<中略>
「3食合計DIT」は、3食分の「3時間DIT」を合計して求めた。

■結果を見る
測定結果は図1および図2に示されている。

得られた計測値を評価指標にある3時間DITに変換し3食分を合計したものが3食合計DITである。これが最初に引用したヘルシストに掲載されたものと同じ図4である。

3食合計DITは、朝型が0.878±0.248 kcal/kg/9h、夜型が0.654±0.241 kcal/kg/9h となり、朝型が夜型よりも有意に高くなり(p<0.01)、その差は0.224±0.007 kcal/kg/9hであった。

■実験を検証してみる
論文に示されている実験操作により、このような大きな差違を検出できた事は間違いないのだろうと思います。しかし、どうも釈然としないところが幾つかあります。どらねこの思い違いなのでしょうか?すこし検討してみたいと思います。

まず最初に気になったのは、検査食の内容です。それぞれ500kcalの食事ですが、脂質エネルギー比10.5%、糖質エネルギー比76.9%であり、平均的と考えられる糖質エネルギー比60%程度、脂質エネルギー比25〜30%程度から大きく外れております。もし、論文の結果で日常の食生活を送っている人に言及したいのであれば、このあたりは揃えたい処だと思います。とはいえ、今後の為の基礎的な研究であればそんなものでしょう。
次に気になったのが、3食合計DITです。いわばこの実験のキモと謂える部分ですが、大きな疑問を持ちました。それは、食事エネルギーから推測されるDITの期待値に大きく及んでいないことです。
この実験で被験者の平均体重は52.4kgであり、3食合計DIT値にかける事で、食後3時間DIT3食分の合計エネルギー発生量を求めることが出来ます。朝型、夜型のそれぞれのエネルギー発生量は46kcal及び34.3kcalであり、食事エネルギー量1500kcalのそれぞれ、3.07%、2.29%という低いDIT値という事になります。
これってオカシイのではないでしょうか?平均的な食事では、DITはエネルギー摂取量のおおよそ10%程とされていたと思うのです。
これについては食事構成が通常では無いためと説明できるかもしれません。DITは糖質で約6%、たんぱく質で約30%、脂質で約4%と見積もられる事が多いので、この数値を代入して検査食のDITを推測してみましょう。先ほど引用した検査食の内容で計算してみると、予想DITは8.8%と出てきました。10%よりも少ないモノの、実験で検出されたDIT値はおよそ1/3程度に過ぎないことが分かります。これをDITの指標として認めてしまっても良いモノなのでしょうか。

■もう少し考えてみる
もしかすると計測した3時間以後も継続して発熱し続けているのかも知れません。確かに、図1、図2をみれば、4時間後、5時間後も安静時代謝量を上回っているように見えます。では、これを足せば予測されるDITに近い値が得られるのでしょうか?
答えは否です。4時間値5時間値を見ても、3時間までの曲面下面積の半分もあるように見えません。どらねこは、おそらくこの実験手法は、実際のDITを検出するには不適当なのだと考えます。それがどうしたの?指標であっても朝型と夜型の差違を検出できているのなら、それでも良いのではないの?と謂う反論もあるかも知れません。それは妥当な反論なのでしょうか?
どらねこは否と答えます。それは図4を示している事で問題となるでしょう。この図は(p<0.01)と謂う、統計学的に偶然とは考えられない、強い根拠で差が検出できた事を謳っているモノです。その前提は、検出されたDITが妥当なモノであることに依存します。
もしこの実験手法では検出できていないDITがあったとして、それが朝型、夜型ともに同じだけの値であったらどうでしょうか。それが更に、検出できている値の倍以上の大きさを持っていたらどうでしょうか?
図4では、夜型のDITは朝型の75%に過ぎませんが、仮に同じく両者に1kcal多く見えない部分があったとすれば、その場合は夜型のDITは朝型の88%と謂う事になりますが、それでも(p<0.01)と謂う水準で差を確認できるのでしょうか。仮に、検出出来ていなかったDITが両者ともに1kcal/kg/9hあったとすれば、その場合のグラフを横に並べてみましょう。

横に並べてみると、印象が大きく違うことがわかると思います。
もう一つ、私がこの実験結果を鵜呑みに出来ない理由があるのですが、それはこの実験でも参照している論文*3の中に次のような記述があるからです。

Subjects were 17 females and 20 males. The level of resting metabolic rate after waking up in the morning, and directly before the first meal, was defined as basal metabolic rate. Resting metabolic rate did not return to basal metabolic rate before lunch at 4 h after breakfast, or before dinner at 5 h after lunch. Overnight, basal metabolic rate was reached at 8 h after dinner consumption.

もしかすると、夕食後のDITは朝食や昼食に比べると緩やかに上昇し、ゆるやかに低下していくものなのかも知れません。そうなると、深夜食ではさらに緩やかである事も予測されます。この事は、朝型・夜型のDITの違いを検出する場合に、気をつけなければならない点を指摘するかも知れません。食後3時間DITでは、夜に食べた場合に起こりうる緩やかに続くDITを十分に検出できないかもしれないからです。

■この報告はどう評価できるのか
色々と批判的な事を書きましたが、どらねこはこの報告自体は大変面白く、意義のあるものだと思います。食べる時間によって熱産生の起こり方が異なると謂うのは色々と興味深いものがあります。ある程度簡便な研究手法で違いがでる事が示唆されたのなら、次の段階でのより綿密な研究を行う意味が高くなるでしょう。その時に、それらの欠点を補う実験方法を考えればよいのです。それで仮に良い結果が出なかったとしても、それは仕様がない事ですし、その結果新たな人間の消化吸収の特性を見出せるかも知れないのです。そのようにして色々な知見が得られて今日の栄養学が出来上がってきたのですから。
細かいところで気になる点は多いにせよ、今後の進展が楽しみな研究であることは間違いないでしょう。

■どこまでいえるのか
研究で明らかにできる事には限界があります。その結果は何を意味するのか?どれぐらいの確率であるのか?皆に当てはまるものなのか?
それを疎かにしてしまえば、ニセ科学が引き起こす問題と同じような事態を引き起こしかねないと、個人的には危惧しております。
中村氏は日本栄養士会の会長であり、一般の方への認知もそれなりに高い人物であると思います。そのような方が、不特定多数人に対し研究成果を語る場合には、その点に十分慎重になってもらいたいと考えます。一般の方であれば、専門家とされる人物それも大物が語る内容を疑う事はあまり考えないだろうからです。
中村氏の発言からどれぐらい大きなDITの違いがあるのかと思い、元論文を吟味しましたが、彼が謳うほどには明確な結果はでていないようにどらねこには見えました。朝型の生活は望ましい・・・だから、都合の良さそうなデータであれば詳細はあまり気にせず紹介すれば良い・・・それでは学問じゃないと思うんですよね。
■終わりに
どうも食育に役立てられそうな研究には強引なデータ解釈で紹介されるケースが多いように思うんです。
この報告そのものは今後に期待の持てる価値のあるものだと思います。だからこそ、この報告が夜型生活は太りやすいとされる根拠として食育などの場面で用いられて欲しくないと、どらねこは思うのです。

*1:http://www.yakult.co.jp/healthist/207/img/pdf/p02_07.pdf

*2:関野 由香, 柏 絵理子, 中村 丁次 食事時刻の変化が若年女子の食事誘発性熱産生に及ぼす影響. 日本栄養・食糧学会誌 2010.63:101-106.

*3:Westerterp KR. Diet induced thermogenesis. Nutr Metab (Lond). 2004 Aug 18;1(1):5.