賽子



※久しぶりに暗黒猫が表に出てきました。不快になる表現があるかもしれませんのでその点どうぞご了承下さいませ。



■サイコロ
サイコロってかわいい名前ですよね、そして楽しいですよね。
どらねこは昔、4面体も8面体も10面体も12面体も20面体も持ってました。100面体ってゴルフボールみたい(違う?)ですよね。
サイコロの素敵なところは出目にほとんど偏りが無い事だと思うんです・・・いや、他の方からは異論続出でしょうけどどらねこはそうなんです。
例えば6面体は『1の目』ばかりが赤色になってて強調されているけど、それぞれの目が出る確率はほぼ六分の一で同じ。1から6の目までどれも等価値、貴賤なんてない*1のよね。
だから、偏りのないサイコロの名を冠しているのに偏りをもたらすサイコロ遊びのニュースを見たとき、どらねこは不快感を持ったのですね。
■性的不快行為
そのニュースを見たのは一月以上も前だったと思う。どらねこの理解では、小学校教諭が自分の受け持つクラスに於いて、特殊な命令の書かれたサイコロを使用して児童の問題行動への対応に役立てていたらしいというものだ。報道では其れは『セクハラサイコロ』という名称で紹介されていた。
その後、その件は意外な展開(?)をみせて、当該教諭は教え子からは評判の良い先生で、報道を聞いた関係者からは激励や寛大な処分を嘆願する声が多数寄せられたそうだ。しかし、その後の展開を聞いてもどらねこの当初抱いた不快感はやっぱりそのままだった。
■偏り
『その先生は良い先生と評判だ、サイコロについてもほとんどの児童が肯定的』・・・そんな評価を聞いてもどらねこの不快感はそのままだった。いや、どらねこ個猫の不快感なんて余所様からすればどうでも良いことなんだけどね。でもさ、多くの方が肯定的に受けとったとしても、不快に思ったヒトもいるんだぜ。そんな例え話が思い浮かんだ。

その1:テロには武力で対抗するんです断固として。とある合衆国は同時多発テロに対し、断固とした対処を行う、その為には自由や人権をも制限されるという主張にも圧倒的多数の国民が支持しました。

まぁ、フィクションですが・・・

その2:A君は普段から反抗的でクラスからは浮いた存在で、ちょっと暴力的なところもあったりします。ある日クラス会でA君の行動が問題になることがありました。実はその問題はA君のせいばかりとは言い難いモノでした。でも、担任はA君に灸を据えるのにはちょうど良い事例だと思い、彼を断罪しました。クラスの多くの子は彼が悪くないと知っておりました。でも、A君を除くほとんどの子は彼を断罪した担任を支持しました。

まぁ、極端すぎる例なんだけどね。その2の例は普段から問題行動をしているという事で意見が割れちゃうかも知れないけど、不当な理由でいじめられている子だとしたらどうだろう?でも、本質は一緒なんだ。多数が支持するから正当化されるモノでもないんだ。
その場の空気って恐ろしいんだよね。正義なんて何処にもないと思うんだよね。何を謂いたいかって?学級王国の支配者が支持されているからってそれだけで正当性が担保されないという事。支配者に認められるのはこの上ない幸せと感じる層もあるからね。勿論、このケースがそれに該当するかは断言できないけれども。
要するに、彼が支持されている事は、彼の行動の正当性を担保しないと謂う事。そして、彼の行動により子供が身につけただろうモノに本当にがっかりしてしまうのだ。

■再生産
その一つはジェンダーの再生産におそらくは寄与しただろうと謂う事だ。男だからと謂って、不当に性的な不快感を与えられる事に甘んじて良いものでもないだろう。学級王国の支配者から発せられたコトバが児童に与える影響は決して軽視できないだろう、どらねこはそう思うのです。
そして、不当な行為には罰がある其処までは仕方のないところなのだけど、それが不当なモノではあってはいけないと思うのですね。

■学級王国
学級王国と書きましたが、小学校教育は担任の先生が持つ影響力が良くも悪くも大きすぎることが問題とされてきました。それは自分が行っている事が外部から評価される機会が少ない事を意味します。最近では年配の教員でその傾向が大きいんじゃないか(主観)と思うのですね。この件を同僚や学校管理者に堂々と見て貰い、評価を貰って尚そのまま実行できたのだろうか、そう思うのです。担任の行っている事に口出しをしにくい、そして担任が他者からの支援を求めることが恥ずかしいこと・・・『かつて』と前置きされて語られる学級王国が未だ存在する問題であると謂う事を明らかにしたのが、この件なのではないのかな、とどらねこは思うのです。人気の先生だから、支持されているから問題を感じても口出しできない、というのはやっぱりおかしいと思います。

■身近で
何を今更・・・な話を始めたのは、実は職場でこんな話があったからなんですよ。
どらねこの隣に座っているヒトには小学6年生の息子さんがいるのですが、先日掃除をしていて見つけてしまったというのです。例のサイコロを模した、えっちい命令を書いた6面体だったそうです。
この年代は箸が転げてもえっちい年頃ですのでそんなのしょうがないと思いますが、社会的観点から問題点を指摘されるモノを実際に子供達が遊びとして取り入れているという現実をどう解釈したらよいのかなぁ、これは誰のせいなんだろうなぁ、そう考えてしまうのね。実際には伝わり得ないような遠距離にある子供達がおもしろ半分に実行すると謂う事態を招いたのは、明らかに報道された事によるモノなのですね。
そして、おもしろがって子供達が取り入れたというのは、報道のされ方に影響を受けた部分が大きいと思うのですね。結局さ、報道の仕方自体、大人が面白がって行った形跡アリアリだった、若しくはそれを見た子供がどう受けとるか何て考えてもいないようなやり方だったからだと思うのね。
この件については、ニュースなどで詳細を報道する必要なんか無かったと思うのです。でも、報道された事実は変わらないから、せめて子供達はこの件を笑い話にするぐらい逞しく育って欲しいなぁ、なんて思うのです。

*1:サイコロクラスターの精神は此による