化学調味料(追記有り)

※追記※(matasaburo様の追記を一番上に持ってくるスタイルをまねてみました)
黒猫亭様のラーメンだって作っちゃう(笑)
http://kuronekotei.way-nifty.com/nichijou/2009/08/post-031b.html
というエントリに感銘を受けて書いたものです。酔っぱらっていたので脈絡無く書き出しておりました。記事本文はもちろん、コメント欄が凄まじいので食やラーメンに拘りのある方は必読ですよ。なんと、uneyama先生まで登場しております。
しらふのどらねことして追記させていただきました。
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イイ感じに酔っぱらってきたから書きたいことを書き散らかそう。
黒猫亭様のとこでラーメン談義を拝見してきた流れで化学調味料について思うところを書いちゃおう。しかし、黒猫亭様の洞察力と文章構成力には圧倒されるぞい。
本題
どらねこが化学調味料批判と聞いて連想するのは郡司篤孝と美味しんぼ。郡司篤孝は一昔前に食品添加物や加工食品の安全性について無いこと無いこと、ちょっぴりあることを糾弾し続けた人だ。その方面の著作は多数。中学生だったどらねこはマンマと乗せられてしまったのよ。その当時美味しんぼなんかも愛読してたものだからイノシン酸グルタミン酸バリの相乗効果で「日本の食は崩壊している!!」なんて、声高に叫んじゃっていたのよね。それが高じて食品健康科学を専攻しちゃったり、仕事に就いちゃったりして、現在は完全に立場が逆になってしまって面白いものだなぁ、と感慨深いものがあるような無いような。
で、美味しんぼなどで化学調味料批判話がよく出てくるんだけど、無批判に受け入れてしまったのには下地があったんだよね。
どらねこは別に味覚が鋭敏じゃあ無いと思うのだけど、コドモの頃にある体験をしたのよ。それは、ハイミーという複合旨み調味料をそのまま口に含んじゃったというモノ。戸棚においてあった小瓶がやけに魅力的に感じたのでしょう。どらねこ少年は手のひらにパラリとやって口に持って行ったのですね。
まぁ、この文を読んでくださる方には予想通りなのでしょうが、アホ少年の予想を大きく裏切りトンデモない味がしたのですよ。『べにゃぁ〜』と口に広がり、しつこく残るいやあな後味。何度も口をすすぎましたよ、でもとれない。そのまま食すものではありませんのでそんなの当たり前です。しかし、少年にある種の偏見を植え付けるには十分な出来事であったと推察されます。
梅漬けでお茶漬け
どらねこ家は梅干しを買うことはほとんど無かった。だって自家製のを大量にくれる人がいたからね。どらねこ少年はその梅干しを囓るのが大好きだったし、お茶漬けにするのも大好きだった。ある日、冷蔵庫を開けるとまるまる太ったイカにも柔らかそうなとっても見映えのする梅干しが鎮座していたのですよ。おそらくお中元かなんかだったのでしょうが、いつも食べている貧相(失礼)な梅とは大違いだったのね。
いただきぃ!と、喜び勇んでお茶漬けにしたわけですよ。わくわくしながら口に運んで・・・
なんだこりゃあ!べぇ〜っ、ぺっぺ。クソまずい。いつぞやのハイミーゴックン記憶が甦る味でした。その後、親戚の家でお浸しに味の素パラリ攻撃や粉末お吸い物で同様の経験を重ねた事で、化学調味料に対する印象はすこぶる悪いモノとなっておりました。
美味しんぼのエピソード
美味しんぼ化学調味料に対する糾弾は今にして思えばやり過ぎだと思いますが、梅干しが脱塩され、化学調味料を多量に使用した梅漬けになっていることや、料理本来の味を損なうほどに化学調味料を添加する食品についてのエピソードは自分の経験した事と重なり疑いようの無い事実であると無批判に受け入れるちゃったのです。それだけでは無く、チャイナレストランシンドロームとか、味覚音痴になるとか、少量の使用でも良くないとか自分や美味しんぼの作者が経験したことだけでは断定できない事柄までまるまる信じちゃったのね。それが良くなかった。ちょっと違うけどドミノ理論とかも当時の自分だったら信じちゃうと思う。
わからない
今でも思うんだけど、化学調味料(旨み調味料)ってのは使いすぎはあまり良くないと思う。なんでかっていうと、使い方が簡単に見えてすご〜く難しい食材なのだと思うからなのね。ホンノ一降りで料理のバランスを崩しかねない凄い力をもった食品なんだよね。食にお金を掛けることが厳しい人たちが安い食材である程度満足できる味を演出する為に適正使用する場合、長時間料理に没頭できない人たちがある程度の時間でそれなりの旨みを引き出す場合に使用する。その為にはたいへん力を発揮するとおもうのね、化学調味料は。だけど、力があるからその配分には十分留意しなければならない。簡単そうに見えて適正使用は難しいと思うのです。基本の味が出来ていて、旨みが足りないなぁ、というときの一降りには有効なんだけど、土台が出来ていない場合に添加しちゃうと化学調味料の個性ばかりが目立っちゃう。
その味がすきだから良いんだ!!、なんて人もいると思うのでそれはしょうがないんだけど、食物を生産する人っていうのは自分が作ったモノを味わって欲しいと考えて精魂込めていると思うのよね。その気持ちを考えるとどうしても賛同できない。コレは美味しんぼと今でも共感する。食べ物をつくる人だけじゃなくお金の為だけでなく仕事をしている人は大勢いらっしゃると思う。
かなり酔ってきたので終わりにする
味覚の話と安全性の話は全く別個。同じ次元で語れません。あと、サトウキビから出来ようが、ウンコから出来ようが同じ物質であればなんら安全性に問題はありません。
どらねこは化学調味料はそんな好きじゃあないけど、カップ麺はきらいじゃあ無かったりする。余裕のない世の中でこの製品により有意義な時間を確保している人がいるのであればそれはとても良いことだと思います。
だけど、昔ながらの作り方でしか味わえない食品もある事は忘れちゃあいけないと思うのです。それを単なる贅沢だと切り捨てる社会にどらねこは全然魅力を感じないのですよ。